対イラク武力行使

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>×7? 平和憲法が日本を守った

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/11/28 00:20 投稿番号: [58410 / 118550]
は〜い、こんばんわ。


>>今は何から守るの?北朝鮮?中国?

>それだけじゃない。資本主義・自由主義を心から嫌っているような国(勢力)とかさ。その他いろいろ。


だからさ、ここが問題だと思うけど。
今の所世界第二位の軍事費(らしいよ)を使っている日本を攻撃する勢力があるのかどうか。

国としては無いと思うし、今の所テロしか思い浮かばないな。

テロは、やはり恨みを買わないように・・・って事ぐらいしか防護できないように思うんだけど、この点に関して、イラク派兵は、日本を大いに危険にさらしている。
三国志さんもこの点には同意ですよね。



>>どの国民も【戦争は望んでいない】でしょう?

>問題はそこだよ。平和以上に重要なものはあるか否か・・・だよなぁ。武装勢力はあると思っているんじゃないかな。チェチェンとかさ、


確かにこの間の学校襲撃事件は痛ましかった。

そしてチェチェン人がこの犯人だとしても、過去チェチェン人は【強制移住など】で、何十万人もロシアに虐殺されていると言う。
だから、彼らが一方的に非難されるいわれは無い。
ロシアは何回もアムネスティに警告されているし、彼らにしてみれば報復だし、抵抗であると思う。
彼らには【理由】がある。↓

●四〇〇年の歴史の重み

・・

日本の戦国時代末期からロシアは領土拡張政策のためにチェチェンに侵攻、何度も戦争を繰り返し、最終的に一八五九年に武力でチェチェンを併合した。その後もチェチェン人は抵抗しているがそのたびに弾圧されてきた。

【特に一九四四年は、民族丸ごと貨車に載せられて中央アジアに強制移住を強いられ、人口の六〇%を失ったとも言われる。】

強制移住以降も抵抗はつづき、ソ連邦崩壊直前に独立宣言し、ソ連崩壊時の九一年にチェチェンは独立宣言した。

九四年一二月、独立をつぶすために侵攻したロシア軍は、空爆、地対地攻撃と無差別に市民を攻撃したが、とりわけ九五年四月に起きた、ロシア軍が村人三〇〇人を殺害した「サマーシキ虐殺事件」は、多くの人に忘れられない傷を残した。

さらに、住民を次々に逮捕し、強制収容所(フィルター・ラーゲリ)に送り、拷問や裁判なしの処刑を行ってきた。それは現在も続いている。


九六年八月にロシアは独立派に首都を奪還され、事実上の敗北を喫し撤退した。このときの停戦協定で二〇〇〇年まで独立問題は棚上げされることに決定された。

この時点までに合計約八万人の犠牲者を出したが、そのうち非武装の民間人の犠牲は約四万九〇〇〇人と推定される。
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