対イラク武力行使

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南京大虐殺論の破綻

投稿者: battamother 投稿日時: 2004/09/28 21:33 投稿番号: [54574 / 118550]
元新聞記者で、現在はアジア経済人懇話会会長等、幅広い分野で活躍中の前野徹氏の言より。

「南京大虐殺」なるものを初めて歴史の舞台に持ち出したのは、日本が大東亜戦争に敗北したのちに開かれた東京裁判の検察側である。
昭和12年に起こったとされる南京大虐殺だが、被害当事者であるはずの蒋介石総統は戦前の国際連盟にそれを訴えていない。
それまでは日本を追求する根拠があるときは、蒋介石総統はいちいち訴えてきたのにである。
しかも、昭和12年といえば、まだ大東亜戦争は始まっていない。南京にはアメリカをはじめ複数の国の外交官がいたが、日本に対し大虐殺を非難、抗議した国は全くない。なぜなら、そのような事件は存在しなかったからだ。
もちろん、日中両軍による戦闘はあったのだから巻き添えをくって殺害された市民はいた。それについては当時国際安全区にいた外国人が日本を訴えている。しかし、死者は50人を超えていない。
死者の総数は、多く見積もれば1,2万人にはなるかも知れないが、日本軍の勧告を無視してオープン・シティにしなかったのは中国側の責任であり、それゆえ街中戦場となったのである。30万とか40万という数字は有り得ない。もともと攻略戦が行われた南京にそんな数の市民はいなかった。
また大虐殺を世界に向けて喧伝するのに『協力』したマンチェスター・ガーディアン紙の記者が蒋介石総統から資金を受けていたこと、南京大學教授のスマイスも国民党政府から資金提供を受けていた諜報員であったことなど、『事実を語った』とされる人達の疑惑が最新の研究によって発覚している。
未だ大虐殺を言い募る人々は、阿羅健一氏や東中野修道氏、北村稔氏らの研究書を一読してから改めてそれを繰り返すべきだ。
南京大虐殺は、戦後作られた虚構に過ぎず、東京裁判で突如、日本軍の蛮行として持ち出されたのは、広島・長崎への原爆投下を、まさに日本に科したのと同じ人道上の罪として批判されるのを恐れたアメリカの意志が背後にはたらいていたと言わざるを得ない。
また、日ソ中立条約を一方的に破って満州に侵攻し、日本人に対する卑劣な蛮行、略奪のかぎりをつくしたソ連(ロシア)にもまた、暴虐への追求をかわしたいという意図があったことだろう。
いずれにせよ、それは勝者の自己正当化であり、戦後の日本人が戦勝国によってつくられた「南京大虐殺」なる事件は、日本人を道徳的、精神的な敗北感に打ちひしがせ、弱体化させることで、二度と連合国側に刃向かうことのない民族に去勢するための歴史的拘束具なのである。
戦後の日本人は、みなこれに気づかないまま、多かれ少なかれ「反日」「無日」となってしまったのである。
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