>>>レッテル張りのパピヨンさん(参)
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/09/15 23:22 投稿番号: [53499 / 118550]
>どこで私がこんな↓
ことを言ったのだ?
>「多くの犠牲を繰り返さなければ、・・・・・・・・享受することは出来ない」
>↓これのどこに「・・・なければ、・・・」という記述がある? これは単に事実を述べただけだ。
※今度は自分の主張まで認めないわけね?
「記述」が無ければ認めないわけね?
君の書いている全体的な「文意」として私にはそう読めるよ?
>近いものがあるとすれば、この↓ 部分だろうな。
>「このように、世界は尊いものを与える代償として悲惨な犠牲を要求する一面を持つ。」
>これはあくまで比喩的な表現だ。
一面ねえ・・・。・・・比喩的ねえ・・?
ではこれ↓はどうだろう?
>>生物が進化するために宿命として持つ厳しい現実を直視したときに
世界の悲哀を感じるということでしょう。
※生物が進化するために「宿命」として持つんだろう?
・ ・・自分で書いていて気がつかなかった?
つまり、「一面的でも比喩的でもなく」、「宿命として持つ犠牲」によるからこそ、「世界の悲哀」を感じるんだろう?
※君は、私に指摘されながら、どんどん過去の自分の主張さえもを微妙に変えていることに気がついているだろう?
・ ・・・・・・君はそういう「糞野郎」ということなんだよ?ちっとは自覚しなさい。
>日本もそうだ。戦争という甚大な惨劇の後に今の自由で平和な日本が
ある。
>尊いものを得る場合には犠牲を伴うことが多いという事実を言ってるのだ。
そうかなあ?日本の歴史を考えただけでも、たとえば大坂。
記憶で書くが、司馬遼太郎さんの何かの記述で、「天下の台所」と言われた大坂は、約100万人ほどの商人の町だったけれども、そこには、直轄地ゆえに主たる統治者は不在で、わずか数百人(もっと少なかったかも)の同心しかいなくて、これで、なんの問題もなかった。多分世界で一番民主主義の発達した形態が育まれたとしていなかったかな?この大坂の町については、庶民に対する歴史的な弾圧や、封建的な統治とはほぼ無関係に、商人のための商人の町が商人の手によって運営されていたと言う良い見本じゃなかったかな?日本では大坂だけではなくて、多くの天領地や、たとえば、縄文早期くらいの世界各地は、ほぼ理想的な民主主義が実践されていたと言っても過言ではないと考えられるだろう?
こういう血を流さない状態での、言葉としてこそ「民主主義」と言う言葉を使わなかったが、たとえば、南の島の国々や、南米のインディオの政治形態などの中には、非常に血の気の少ない犠牲の少ない方法によって、素晴らしい民主主義が確立されていた可能性が多いのではないですか?
むしろ近代になって、欧米の貪欲な物質主義の台頭によって、その民主主義が「力」によって、崩壊させられてきたという方が当たっているんじゃなかったかな?
つまり君の主張している欧米型の民主主義に限れば、歴史上の多くの犠牲が払われたということも言えるが、だからといって、これをもって、その「(民主主義を)得る場合には犠牲を伴うことが多い」とまでは言えないのではない?
>「多くの犠牲を繰り返さなければ、・・・・・・・・享受することは出来ない」
>↓これのどこに「・・・なければ、・・・」という記述がある? これは単に事実を述べただけだ。
※今度は自分の主張まで認めないわけね?
「記述」が無ければ認めないわけね?
君の書いている全体的な「文意」として私にはそう読めるよ?
>近いものがあるとすれば、この↓ 部分だろうな。
>「このように、世界は尊いものを与える代償として悲惨な犠牲を要求する一面を持つ。」
>これはあくまで比喩的な表現だ。
一面ねえ・・・。・・・比喩的ねえ・・?
ではこれ↓はどうだろう?
>>生物が進化するために宿命として持つ厳しい現実を直視したときに
世界の悲哀を感じるということでしょう。
※生物が進化するために「宿命」として持つんだろう?
・ ・・自分で書いていて気がつかなかった?
つまり、「一面的でも比喩的でもなく」、「宿命として持つ犠牲」によるからこそ、「世界の悲哀」を感じるんだろう?
※君は、私に指摘されながら、どんどん過去の自分の主張さえもを微妙に変えていることに気がついているだろう?
・ ・・・・・・君はそういう「糞野郎」ということなんだよ?ちっとは自覚しなさい。
>日本もそうだ。戦争という甚大な惨劇の後に今の自由で平和な日本が
ある。
>尊いものを得る場合には犠牲を伴うことが多いという事実を言ってるのだ。
そうかなあ?日本の歴史を考えただけでも、たとえば大坂。
記憶で書くが、司馬遼太郎さんの何かの記述で、「天下の台所」と言われた大坂は、約100万人ほどの商人の町だったけれども、そこには、直轄地ゆえに主たる統治者は不在で、わずか数百人(もっと少なかったかも)の同心しかいなくて、これで、なんの問題もなかった。多分世界で一番民主主義の発達した形態が育まれたとしていなかったかな?この大坂の町については、庶民に対する歴史的な弾圧や、封建的な統治とはほぼ無関係に、商人のための商人の町が商人の手によって運営されていたと言う良い見本じゃなかったかな?日本では大坂だけではなくて、多くの天領地や、たとえば、縄文早期くらいの世界各地は、ほぼ理想的な民主主義が実践されていたと言っても過言ではないと考えられるだろう?
こういう血を流さない状態での、言葉としてこそ「民主主義」と言う言葉を使わなかったが、たとえば、南の島の国々や、南米のインディオの政治形態などの中には、非常に血の気の少ない犠牲の少ない方法によって、素晴らしい民主主義が確立されていた可能性が多いのではないですか?
むしろ近代になって、欧米の貪欲な物質主義の台頭によって、その民主主義が「力」によって、崩壊させられてきたという方が当たっているんじゃなかったかな?
つまり君の主張している欧米型の民主主義に限れば、歴史上の多くの犠牲が払われたということも言えるが、だからといって、これをもって、その「(民主主義を)得る場合には犠牲を伴うことが多い」とまでは言えないのではない?
これは メッセージ 53451 (theme_from_papillon さん)への返信です.
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