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アメリカとイスラムの原理主義

投稿者: battamother 投稿日時: 2004/09/05 02:10 投稿番号: [52796 / 118550]
言うまでもなく、「原理主義」とはその原理原則に忠実に生きることだから、特別宗教に限るわけではない。
イスラム教、ユダヤ教、キリスト教それぞれ原理主義はあるが、いずれも「一神教」だ。
イスラム原理主義は、『コーラン』に基づく。
『コーラン』の「七つの大罪」の中に『殺人』と『ジハード(聖戦)からの脱走』がある。ちょっと矛盾を感じるが、中でもこのジハードからの脱走が一番罪が重い。なぜなら、異教徒との戦い(聖戦)はイスラム教が最も激しいからだ。
同じく『コーラン』の中に、「神聖日を過ぎたら多神教徒どもを見つけしだい殺せ」とある。そして、「おまえたちが彼らを殺したのではなく、神(アッラー)が彼らを殺し給うた」とある。だから異教徒殺しは殺人罪にはならない。殺せば殺す程アッラーの神の祝福ありだ。むしろ、異教徒を殺さないのは神の命に背くこと。だから「ジハードからの脱走」は大罪なのだ。原理主義者は、殉教を最大の使命としている。
一方、旧約聖書の中にある『十戒』には、『殺すなかれ』とある。にも関わらず、キリスト教の原理主義も異教徒に対して戦闘的だ。かつてローマ・カトリック教会は、国内で残忍な拷問を伴う異端審問や魔女狩りを行った。拷問室には、神の象徴十字架が飾られていた。
この原理主義が、白人キリスト教徒のアメリカ大陸移住によってアメリカに根付いた。これが「アメリカ原理主義」の源だ。

いずれの教えにも『殺すな』とあるにもかかわらず、何故か自らの教えを守る為の聖戦ならば、殺人は大いに結構なのだ。
どう考えてもこれはおかしい。
どっかの時代に、時の権力者が都合の良いように内容を改ざんしたとしか思えない。
元来の聖なる教えに、時の権力者達が大衆を牛耳る為にそのエゴを介入させた・・・これがあらゆる宗教戦争の真相ではないだろうか。
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