対イラク武力行使

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

チェチェンの不幸、アセアンさん。

投稿者: tet010101 投稿日時: 2004/09/04 15:09 投稿番号: [52744 / 118550]
どうやら今回の事件が腑に落ちない原因は「アルカイダ」にあったようですが、隣のトピでアセアンさんが指摘したように、アルカイダは『世界的な戦争請負業』を始めたという理解でいいと思います。

所詮、ビンラディンは狂人です。戦争を煽る事で、自分が「神」になった錯覚でも起こしてるのでしょう。

そして、「イスラム」という宗教がチェチェンに悲劇をもたらしたと僕は解釈します。

アセアンさんに紹介してもらったサイトからのチェチェンの国勢をここでもう一度再提示します。

===========
チェチェン共和国は、黒海とカスピ海に挟まれ、カフカス山脈の北麓(北カフカスと呼ばれる地域)に位置する小国。面積は隣国のイングーシ共和国と合わせて19,300平方キロ。この面積は日本の四国の面積(四国4県=18,780平方キロ)に近い。

人口統計

1989年の統計では、チェチェン人は95万6879人、イングーシ人は23万7438人である。


歴史

1944 年、チェチェン人とイングーシ人は、カラチャイ=バルカル、クリミア・タタール他の民族とともに、カザフスタンやシベリアに集団追放された。その際、総人口の1/4もしくは半分が命を落とした。1956年に「名誉回復」され、1957年に故郷への帰還は許されたものの、彼らは土地、経済資源、そして市民的権利を失った。以来、ソビエトおよびポスト・ソ連政府の下で、彼らは(公式あるいは非公式に)差別と差別的論調の対象であり続けている。最近でも、ロシアのマスメディアは、チェチェンの国家や民族を、ロシアでの組織犯罪や暴力事件を引き起こす殺し屋や盗賊のように描写している。


宗教

チェチェン人およびイングーシ人は、ハナフィー学派【注3】のスンニー派ムスリムであり、17 世紀後半から19世紀初頭にかけてイスラムを受け入れた。以来ずっとそうであったように、現在もイスラムは穏やかではあるが、強く信じられており、彼らの文化的・民族的アイデンティティの中心的な要素である。


詳細はこちら。
http://chechennews.org/basic/whochechen.htm

=============

彼等、チェチェン人は集団追放されたり、差別されたりとロシアに虐待されたのは事実でしょう。が、どうしてそこまで独立にこだわったのでしょうか?彼等は日本の四国程度の広さの土地に100万人程度の人口です。沖縄だって日本にのみこまれました。アメリカンインディアンだって、未だにアメリカで生存してます。チェチェン人にとって、ロシアと同化するという道はありえないのでしょうか?そのへんが僕に理解できないとこです。

そして、彼等の文化的・民族的アイデンティティの中心的な要素となっているイスラム教に、彼等はどれだけの拘りがあったのだろうか?なぜ、「独立武装勢力」ではなくて、「イスラム武装勢力」という表現が彼等にあてはめられてしまうのか?宗教のための独立運動だとしたら、あまりにも「ちっぽけ」な目標だと思う。そのためにこれだけの犠牲を産む必要があるのか?

この悲劇は宗教が生み出したものなのでしょうか・・・。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)