ヤツらは大きな子も小さな子も撃った
投稿者: zionisatou2 投稿日時: 2004/09/04 13:40 投稿番号: [52738 / 118550]
「ボクの目の前で撃ち殺した」…7歳少年、恐怖の証言
【ベスラン(ロシア・北オセチヤ共和国)=古本朗】「怖いひげ面のヤツが、騒いだ子供たちをボクの目の前で撃ち殺した」。ロシア・北オセチヤ学校占拠事件の人質となったゲオル・ムルタゾフ君(7)は、3日に救出された後、なお恐怖におののきつつ犯人たちの凶行を証言した。
ゲオル君は、1日、母親のディアナさん(28)に付き添われ、1年生として初めて学校の門をくぐった直後、人質となった。母親の所在、安否は、病院でインタビューした時点でも不明だった。
「ひげを伸ばして、兵隊と同じ服を着たヤツらが入って来て、自動小銃を何回も撃った」と、ゲオル君は事件発生時の様子から話し始めた。「学校の中の壁にたくさんの爆弾をつるし、ボクたちに大きな声でしゃべったり、騒いだりするな、と命令した」。何回も大きな瞳を見開き、つかえながら懸命に説明する。
大人の男性人質2人の凄惨な最期を見た。「そばにいたおじさんが、自動小銃で撃たれて死んじゃった」と言って、表情をこわばらせて黙り込む。「そのおじさんは、なぜ撃たれたの」と聞くと、「大きな声で叫んで、ヤツらをイライラさせたから」とつぶやいた。
惨劇はさらに続いた。「大きな声で騒ぐ子はすぐに撃ち殺されたんだ」。「上級生だったの?」と確かめると、「ううん、ヤツらは大きな子も小さな子も撃った。こんなに小さな子まで撃った」と、手で自分の胸くらいの背丈を示す。
ゲオル君は、軍と犯行グループの銃撃戦の後、特殊部隊員に抱き上げられた。
「もう、学校なんか二度と行かない。ヤツらがまた来るから」と唇を噛む。テロは1年生の脳裏に、学校を死と悪夢と恐怖の空間として刻みつけてしまった。
息子とともに人質となった主婦、アラ・ガジエワさん(24)が、同じ病院の庭で、簡易ベッドに力無く横たわっていた。
「事件初日に、2人の男性人質が何の理由もなく撃ち殺された」と憔悴し切った口調で語る。「殺された人たちは、他の人質に『撃たれたくなければ、静かにしよう』と呼びかけていただけだったのに」
監禁された体育館は蒸し風呂のように暑かった。水も食料も与えられなかった。「(生き延びるため)尿を飲み、いやがる息子の頬を叩いて飲ませようとしたが、息子は歯を食いしばって拒みました」「花を奪い合うように食べ、最後は、人質同士、(乾きをいやすために)互いの尿を分かち合うことすら、惜しむようになりました」
2日目は、「自分は気が狂ったか、悪夢を見ているのか」と自問しつつ時を過ごした。3日、事件は幕切れを迎えたが、疲れ切り「救出されるまで、何が起きているのか分からないままだった」と語った。
その言葉の合間に、テロ犯集団が残した爆弾を処理する破裂音が、学校の方角から響いていた。
(読売新聞) - 9月4日12時5分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040904-00000002-yom-int
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コメント
テロリストと交渉するということが、いかに馬鹿げたことかこれからよく分かる。
テロリスト、見たら聞いたら、撃ち殺せ。
これをこれからの国際ルールにしてほしい。
【ベスラン(ロシア・北オセチヤ共和国)=古本朗】「怖いひげ面のヤツが、騒いだ子供たちをボクの目の前で撃ち殺した」。ロシア・北オセチヤ学校占拠事件の人質となったゲオル・ムルタゾフ君(7)は、3日に救出された後、なお恐怖におののきつつ犯人たちの凶行を証言した。
ゲオル君は、1日、母親のディアナさん(28)に付き添われ、1年生として初めて学校の門をくぐった直後、人質となった。母親の所在、安否は、病院でインタビューした時点でも不明だった。
「ひげを伸ばして、兵隊と同じ服を着たヤツらが入って来て、自動小銃を何回も撃った」と、ゲオル君は事件発生時の様子から話し始めた。「学校の中の壁にたくさんの爆弾をつるし、ボクたちに大きな声でしゃべったり、騒いだりするな、と命令した」。何回も大きな瞳を見開き、つかえながら懸命に説明する。
大人の男性人質2人の凄惨な最期を見た。「そばにいたおじさんが、自動小銃で撃たれて死んじゃった」と言って、表情をこわばらせて黙り込む。「そのおじさんは、なぜ撃たれたの」と聞くと、「大きな声で叫んで、ヤツらをイライラさせたから」とつぶやいた。
惨劇はさらに続いた。「大きな声で騒ぐ子はすぐに撃ち殺されたんだ」。「上級生だったの?」と確かめると、「ううん、ヤツらは大きな子も小さな子も撃った。こんなに小さな子まで撃った」と、手で自分の胸くらいの背丈を示す。
ゲオル君は、軍と犯行グループの銃撃戦の後、特殊部隊員に抱き上げられた。
「もう、学校なんか二度と行かない。ヤツらがまた来るから」と唇を噛む。テロは1年生の脳裏に、学校を死と悪夢と恐怖の空間として刻みつけてしまった。
息子とともに人質となった主婦、アラ・ガジエワさん(24)が、同じ病院の庭で、簡易ベッドに力無く横たわっていた。
「事件初日に、2人の男性人質が何の理由もなく撃ち殺された」と憔悴し切った口調で語る。「殺された人たちは、他の人質に『撃たれたくなければ、静かにしよう』と呼びかけていただけだったのに」
監禁された体育館は蒸し風呂のように暑かった。水も食料も与えられなかった。「(生き延びるため)尿を飲み、いやがる息子の頬を叩いて飲ませようとしたが、息子は歯を食いしばって拒みました」「花を奪い合うように食べ、最後は、人質同士、(乾きをいやすために)互いの尿を分かち合うことすら、惜しむようになりました」
2日目は、「自分は気が狂ったか、悪夢を見ているのか」と自問しつつ時を過ごした。3日、事件は幕切れを迎えたが、疲れ切り「救出されるまで、何が起きているのか分からないままだった」と語った。
その言葉の合間に、テロ犯集団が残した爆弾を処理する破裂音が、学校の方角から響いていた。
(読売新聞) - 9月4日12時5分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040904-00000002-yom-int
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テロリストと交渉するということが、いかに馬鹿げたことかこれからよく分かる。
テロリスト、見たら聞いたら、撃ち殺せ。
これをこれからの国際ルールにしてほしい。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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