対イラク武力行使

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「偽りの平和」の時代から・・・

投稿者: battamother 投稿日時: 2004/08/20 19:00 投稿番号: [51422 / 118550]
「むき出しの戦争」の時代へ

以下は、雑誌『SAPIO』に掲載されていた評論家   呉智英氏の文の一部抜粋です。

『平和は物理的、力学的な存在である』
まず、戦争とその反対概念である平和について考えてみましょう。
我々は、戦争と平和について道徳で考えてしまいがちです。おおむね、戦争は悪、平和は善である、と。
なるほど、そう思えます。
戦争の大半は、侵略的意図に出たものです。よその国の領土や人間・財産を暴力的に奪うものですから、道徳的には許されないことです。
しかし、戦争の中には正義の戦争もあります。正義の戦争なんてないと言う人もいますが、そんなことはありません。戦争は、二つ以上の当事国がなければ起こりません。その当事国同士がともに侵略的意図を持つ場合は、どちらの側を見ても不正でしょうが、片方が片方を一方的に侵略した場合は、どうか。侵略された側が侵略した側に対して闘う防衛戦争や抵抗(レジスタンス)戦争も悪なのだろうか。反戦運動家が侵略されている国へ乗り込んで行って、抵抗戦争している人達に対し、戦争をやめろと叫んだ例は聞いたことがありません。そんなことをしたら、反戦運動家は袋叩きでしょう。
しかし、正義の戦争でさえ、道徳的にすべてが許されるわけではありません。正義の戦争が短慮無謀によるものであることは珍しくなく、無関係な一般人を巻き込むこともしばしばあるからです。また、功名心に駆られた正義の戦争、狭量な理念を持つ正義の戦争、というものもあります。そもそも戦争は破壊や殺傷なのですから、道徳的見地から見て避けるに超したことはなく、一般論で言えば、戦争は悪と言えなくはないでしょう。
それなら、平和は善なのか、正義なのか。実は、平和は、善とも正義とも無関係に、単に物理的・力学的に存在しているのではないか。我々は、学校で、マスコミで、平和への心構え、平和を創り出す誠実さ、といったものを教えられてきましたが、そんなものとは何の関係もなく平和は存在しているのではないか。
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