俺が「国家主義的」…ですか
投稿者: GivingTree 投稿日時: 2004/08/17 23:06 投稿番号: [51032 / 118550]
それは「法」というものを国家のツールとしてアサラームさんがご覧になっているからですね?
俺とて、法を作る立場にある人間でもなく、むしろ法に縛られつつ限りある自由を謳歌しているだけの個人です。しかし、この限りある自由を謳歌できるのは、法の庇護のもとにあるからであり、自分が法に敵対する(犯罪を犯す)立場にない人間だからであるという自負があります。
ここからまたヒューマン・アプローチに入ります(ただし、経験則ではありません。一般見識です)。
誰も、望んで犯罪者になりたがる人間はいないと思います。それは、倫理の問題以前に、犯罪者になることのデメリットが大きいからです。犯罪者であるということは、自らの行為によって自らの自由を制限することを意味します。誰も、望んでそうしたがる人間はいないでしょう。
ところが、世の中には稀に進んで「秩序の破壊者」となって犯罪に手を染める輩がいます。俺が言っている犯罪者とは、まさに秩序を破壊する「破壊行為を行う者」すなわち信号無視などの軽犯罪を行うものを意味しているのでありません(信号無視くらい、俺だってします。ボストンはJay Walk CityといわれているほどJay Walk(信号無視)が盛ん?な街ですが、俺はそこでさらに大通りを渡るときに車を手で制止して渡っていたものです(苦笑))。
今回、私は敢えて犯罪者がどの類の犯罪者であるかを明言しませんでした。それは、「確信犯」であることを自称しているオケラさんなら、話の流れで「犯罪者」=CRIMINALと受け取るだろうと踏んでいたからです。しかし、オケラさんはおろか、ロムしてた皆さんにまで真意が伝わっていない始末。少し策を弄しすぎました。この点は反省します。
しかしその後の、スピカさんの憲法13条提示による憲法論議への昇華は、俺に予想外の機会を与えてくれました。そこで、罠を仕掛けたのです。あとは、大方メシアさんのいうとおりです。
これは メッセージ 51024 (assaraamaaleicomnjp さん)への返信です.
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