アメリカとオウム真理教・・>テトさん
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/08/15 09:10 投稿番号: [50596 / 118550]
私の悪口を、案山子に言えなくなったので、こんどはgrokさんに言いつけてるの?
先日、アメリカの劇(?)団で、男ばっかりで女装して、「白鳥の湖」とかのバレエを踊るグループが、あるお笑いタレントの番組にでていて、その中で、ウナギを捌くというシーンがあったんだけど、その中の一人が、そのシーンを、「非常にショッキング」だといい、結局「うな重」を食べれなかったという場面がありました。また、私の友人で、鳥肉が嫌いな友人がいて、どうしてか?と言うと、「子供の頃に、鶏を絞めている光景を見てからダメになった」という。
普通は、頭では理解出来ているということが、しかし、実際直接現実と直面してしまうとそのイメージの中での説得力なんか吹き飛んでしまって、生理的な拒絶反応というものが優先するということは良くあることですよねえ。
言い古されていることですが、私達人間は、物を食うということは、何かを殺してるということで、「生きるということは殺すということである」ということは言えるわけですよねえ?しかし、この生きるために必要な殺生は、それが進化論的にいえば、人間に近い種に近づくほど、人に与えるイメージはよりリアルになるため、しばしばそのことは「食べる」と言う行為を継続させるためにも、「殺す」と言う「罪悪感」から来るマイナスイメージ意識から遠ざけられ、忌み嫌われると言う慣習が一応ありますね。
そして多くの場合、自分が生きていることによって何ものかが殺されているというような罪悪感をもつと予想されるような、その「死」は隠されていることが多いわけですよねえ?
「アメリカ人およびアメリカのブッシュ政権を支持している世界中の政権を支持している市民達の多くが生きるために、イラク人を殺していることを容認している。」
イラク人が殺されている現場や、アメリカ人が殺されている現場、アメリカ人の半数が支持している政権が、圧倒的な軍隊を使って、多くの殺戮をしているという現実は、そのほとんどが隠されている。これを知ると、アメリカ人個々人が政治家には不用な無用の嫌悪感をこの戦争に対して持ってしまうということが分っているから、情報を操作して、多くの真実の現状が隠されている。戦場のホンの一部でしかあり得ない、「アメリカ人殺害後、引きずりマワシ」という行為や、「アブグレイブ刑務所の惨状」を見たときのアメリカ人のあのヒステリー状態を見るとアメリカが多くの真実を隠さざるを得ない理由が良くわかります。
アメリカ人が他民族を殺戮することで、自分達の経済が確立されているということを自覚しないように、アメリカ国民の一人ひとりが潜在的に薄々抱いているかもしれない「罪悪感」と言うものを喚起させないための装置、システムとしての政権による隠ぺいが行なわれているということに、もっと敏感であるべきですよ。
アメリカ人が常に被害妄想を持ち、他者からの脅威を必要以上に恐れると感じるように思える原因は、この本来の加害者である自分達アメリカ人の「罪悪感」「後ろめたさ」を意識的にか無意識的にか潜在意識の中に押し込めて、思考停止して、考えないようにしているところから始まっているのではないだろうか?
そして、考えない(考えさせない)ところから逆に「罪悪感」が薄められて、自分達の行為が(片手落ちの状態で)正当化され、その正当化されたアメリカ人の日常を、攻撃する(虐げられている異民族の)人達の感情というものを理解しようとする想像力が欠落するのであると思う。
つまり、以上の記述は、オウム真理教の信者が、一つ一つの虫を罪悪感や、行為の嫌悪感から直接殺せないから、それらの殺生をしないで(見ないで)済むように、全体を殺して、その地域での生態系を全滅にしてしまう「農薬」を使用したという行為と非常に良く似ているという状態を考察してみました。
※ もちろんここに書いているアメリカ人という言葉のほとんどは、アメリカ人全体を指すものではなくて、多くは、ブッシュ政権を支持している人達や、アメリカ型の資本主義経済の中にどっぷりしがみついて問題意識もなく生きようとしている人達のことを指しているわけで、アメリカ人全体を指しているわけではありません。
また文中でも書いていますが、そのアメリカ型の資本主義経済やアメリカのブッシュ政権を支持している世界中の政権を支持している市民達の多くもこの中に含まれると思います。他国の市民は、アメリカ国民よりは罪悪感や、加害者意識は大きく、しかし生きるためには隷属しなければならないという「ジレンマ」の中でもがいているというのが現状だと思います。
先日、アメリカの劇(?)団で、男ばっかりで女装して、「白鳥の湖」とかのバレエを踊るグループが、あるお笑いタレントの番組にでていて、その中で、ウナギを捌くというシーンがあったんだけど、その中の一人が、そのシーンを、「非常にショッキング」だといい、結局「うな重」を食べれなかったという場面がありました。また、私の友人で、鳥肉が嫌いな友人がいて、どうしてか?と言うと、「子供の頃に、鶏を絞めている光景を見てからダメになった」という。
普通は、頭では理解出来ているということが、しかし、実際直接現実と直面してしまうとそのイメージの中での説得力なんか吹き飛んでしまって、生理的な拒絶反応というものが優先するということは良くあることですよねえ。
言い古されていることですが、私達人間は、物を食うということは、何かを殺してるということで、「生きるということは殺すということである」ということは言えるわけですよねえ?しかし、この生きるために必要な殺生は、それが進化論的にいえば、人間に近い種に近づくほど、人に与えるイメージはよりリアルになるため、しばしばそのことは「食べる」と言う行為を継続させるためにも、「殺す」と言う「罪悪感」から来るマイナスイメージ意識から遠ざけられ、忌み嫌われると言う慣習が一応ありますね。
そして多くの場合、自分が生きていることによって何ものかが殺されているというような罪悪感をもつと予想されるような、その「死」は隠されていることが多いわけですよねえ?
「アメリカ人およびアメリカのブッシュ政権を支持している世界中の政権を支持している市民達の多くが生きるために、イラク人を殺していることを容認している。」
イラク人が殺されている現場や、アメリカ人が殺されている現場、アメリカ人の半数が支持している政権が、圧倒的な軍隊を使って、多くの殺戮をしているという現実は、そのほとんどが隠されている。これを知ると、アメリカ人個々人が政治家には不用な無用の嫌悪感をこの戦争に対して持ってしまうということが分っているから、情報を操作して、多くの真実の現状が隠されている。戦場のホンの一部でしかあり得ない、「アメリカ人殺害後、引きずりマワシ」という行為や、「アブグレイブ刑務所の惨状」を見たときのアメリカ人のあのヒステリー状態を見るとアメリカが多くの真実を隠さざるを得ない理由が良くわかります。
アメリカ人が他民族を殺戮することで、自分達の経済が確立されているということを自覚しないように、アメリカ国民の一人ひとりが潜在的に薄々抱いているかもしれない「罪悪感」と言うものを喚起させないための装置、システムとしての政権による隠ぺいが行なわれているということに、もっと敏感であるべきですよ。
アメリカ人が常に被害妄想を持ち、他者からの脅威を必要以上に恐れると感じるように思える原因は、この本来の加害者である自分達アメリカ人の「罪悪感」「後ろめたさ」を意識的にか無意識的にか潜在意識の中に押し込めて、思考停止して、考えないようにしているところから始まっているのではないだろうか?
そして、考えない(考えさせない)ところから逆に「罪悪感」が薄められて、自分達の行為が(片手落ちの状態で)正当化され、その正当化されたアメリカ人の日常を、攻撃する(虐げられている異民族の)人達の感情というものを理解しようとする想像力が欠落するのであると思う。
つまり、以上の記述は、オウム真理教の信者が、一つ一つの虫を罪悪感や、行為の嫌悪感から直接殺せないから、それらの殺生をしないで(見ないで)済むように、全体を殺して、その地域での生態系を全滅にしてしまう「農薬」を使用したという行為と非常に良く似ているという状態を考察してみました。
※ もちろんここに書いているアメリカ人という言葉のほとんどは、アメリカ人全体を指すものではなくて、多くは、ブッシュ政権を支持している人達や、アメリカ型の資本主義経済の中にどっぷりしがみついて問題意識もなく生きようとしている人達のことを指しているわけで、アメリカ人全体を指しているわけではありません。
また文中でも書いていますが、そのアメリカ型の資本主義経済やアメリカのブッシュ政権を支持している世界中の政権を支持している市民達の多くもこの中に含まれると思います。他国の市民は、アメリカ国民よりは罪悪感や、加害者意識は大きく、しかし生きるためには隷属しなければならないという「ジレンマ」の中でもがいているというのが現状だと思います。
これは メッセージ 50589 (tet010101 さん)への返信です.
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