終>国連憲章について(下)
投稿者: etranger3_01 投稿日時: 2004/07/06 17:34 投稿番号: [46190 / 118550]
●解釈の賛同を得るためのコンセンサス・ビルディング
>はっきりいってこの憲章の原則は非常におおまかで、各国によって色々に判断することができる。またわざとそういう風に書いてあるんですよ。そうでなきゃそれぞれの国が承知するわけがないんですから。
原則とは、普通おおまかなものじゃないんでしょうか・・・。しかし、おおまかなものであっても、それが前提となり処々の規定がすべてその原則に基づいて定められているわけです。それゆえに「原則」なのですから。
国連において、加盟国が内容を了承したその規定の内容についての“政治的な判断”を下せるのは安保理のみです。また個別自衛権・集団的自衛権に関しては、国際慣習法上の定義があり、これは暗黙のうちに国際コンセンサスを得ていることになっていますので、それを逸脱する考えについては新たに国際コンセンサスを取り付けない限りは定義の勝手な解釈は一国の一存ではできないのです。そのためのフォーラムが、国連です。憲章の解釈について話し合い、コンセンサス・ビルディングを行うための場です。
実際、英米は安保理でまさにこれを試みたのです。だが、大多数の賛同を得ることができなかった。英米の「先制的自衛権の行使」論は、コンセンサスを得なかったのです。
>>アメリカの主張はアメリカの主張です。それが「世界の現実」のような錯覚を持ってもらっては困ります。
>それが錯覚かどうかを決めるのは誰ですか? 国連の理事であるフランス、ロシア、ドイツなどはそれぞれイラクと親密な関係にあった。そんな国々に、「世界の現実」を判断する目があるんですか?
米英もかつてはイラクと親密な関係にありました。それが逆転しただけの話です。そんな裏のあった両国に「世界の現実」を判断する目があるのでしょうか。
─とまあ、こういい始めるとどっちもどっちとなりますが、「現実」は、いまの安保理には世界の平和を託すことは出来ないということであり、それは構成国であるアメリカにも当てはまります。イラク攻撃が露呈したのは、国連の無力さではなく、国連を先導してきた安保理常任理事国らの無能さなのです。アメリカも、その無能な常任理事国の一員です。私は、必要なのは安保理改革とそれに伴う国連憲章の見直しだと思っています。
●お伺いは、立てるものです・・・
>はっきりいわせてもらえば、それって敵に向かって「これから攻めてもいい?」とお伺いをたてるようなもんです。
それ、戦争法で規定されているはずですが・・・<「これから攻めてもいい?」と聞く
それが奇襲ありなんでもありの二次大戦を経た人類が到達した文明の戦争方法なんです。「これから攻めにいくぞ」と宣言する。それが近代戦争のルールなんですよ。
●多様性との共存は国際社会での「たしなみ」
>だからこういう国益とか思惑とかが相反する国々が一緒になって世界平和を話合うということに無理がある、と私は思うんですよ。だから国連なんか価値がないといってるんです
思惑・国益が相反することを認めないのは、多様性の否定であり価値観の押し付けです。世界はアメリカ一国の価値観で動いているわけではなく、市場には“見えざる手”が存在し、国際政治の世界においても“chance”という不確定要素が絡み合って世界は動いているのです。その中には多様な価値観が息づいており、アメリカの価値観もその1つではありますが、決して唯一絶対の価値観などではありません。だからこそ、多様な価値観との共存共栄が必要なのです。国際社会という社会生活を営む上で、これは当然の「たしなみ」といえる程度のものでしょう。
●結論
>「感情論や抽象論でなく、事実基ずくロジックに匹敵する」お話をしましょう。
残念ながら貴女のお話は事実に基づくロジックを持っていませんでした。
貴女のその思考では議論続行不能とみて、これでこの議論を終わりにします。
長らくありがとうございました。お疲れ様でした。
∇etranger∇
>はっきりいってこの憲章の原則は非常におおまかで、各国によって色々に判断することができる。またわざとそういう風に書いてあるんですよ。そうでなきゃそれぞれの国が承知するわけがないんですから。
原則とは、普通おおまかなものじゃないんでしょうか・・・。しかし、おおまかなものであっても、それが前提となり処々の規定がすべてその原則に基づいて定められているわけです。それゆえに「原則」なのですから。
国連において、加盟国が内容を了承したその規定の内容についての“政治的な判断”を下せるのは安保理のみです。また個別自衛権・集団的自衛権に関しては、国際慣習法上の定義があり、これは暗黙のうちに国際コンセンサスを得ていることになっていますので、それを逸脱する考えについては新たに国際コンセンサスを取り付けない限りは定義の勝手な解釈は一国の一存ではできないのです。そのためのフォーラムが、国連です。憲章の解釈について話し合い、コンセンサス・ビルディングを行うための場です。
実際、英米は安保理でまさにこれを試みたのです。だが、大多数の賛同を得ることができなかった。英米の「先制的自衛権の行使」論は、コンセンサスを得なかったのです。
>>アメリカの主張はアメリカの主張です。それが「世界の現実」のような錯覚を持ってもらっては困ります。
>それが錯覚かどうかを決めるのは誰ですか? 国連の理事であるフランス、ロシア、ドイツなどはそれぞれイラクと親密な関係にあった。そんな国々に、「世界の現実」を判断する目があるんですか?
米英もかつてはイラクと親密な関係にありました。それが逆転しただけの話です。そんな裏のあった両国に「世界の現実」を判断する目があるのでしょうか。
─とまあ、こういい始めるとどっちもどっちとなりますが、「現実」は、いまの安保理には世界の平和を託すことは出来ないということであり、それは構成国であるアメリカにも当てはまります。イラク攻撃が露呈したのは、国連の無力さではなく、国連を先導してきた安保理常任理事国らの無能さなのです。アメリカも、その無能な常任理事国の一員です。私は、必要なのは安保理改革とそれに伴う国連憲章の見直しだと思っています。
●お伺いは、立てるものです・・・
>はっきりいわせてもらえば、それって敵に向かって「これから攻めてもいい?」とお伺いをたてるようなもんです。
それ、戦争法で規定されているはずですが・・・<「これから攻めてもいい?」と聞く
それが奇襲ありなんでもありの二次大戦を経た人類が到達した文明の戦争方法なんです。「これから攻めにいくぞ」と宣言する。それが近代戦争のルールなんですよ。
●多様性との共存は国際社会での「たしなみ」
>だからこういう国益とか思惑とかが相反する国々が一緒になって世界平和を話合うということに無理がある、と私は思うんですよ。だから国連なんか価値がないといってるんです
思惑・国益が相反することを認めないのは、多様性の否定であり価値観の押し付けです。世界はアメリカ一国の価値観で動いているわけではなく、市場には“見えざる手”が存在し、国際政治の世界においても“chance”という不確定要素が絡み合って世界は動いているのです。その中には多様な価値観が息づいており、アメリカの価値観もその1つではありますが、決して唯一絶対の価値観などではありません。だからこそ、多様な価値観との共存共栄が必要なのです。国際社会という社会生活を営む上で、これは当然の「たしなみ」といえる程度のものでしょう。
●結論
>「感情論や抽象論でなく、事実基ずくロジックに匹敵する」お話をしましょう。
残念ながら貴女のお話は事実に基づくロジックを持っていませんでした。
貴女のその思考では議論続行不能とみて、これでこの議論を終わりにします。
長らくありがとうございました。お疲れ様でした。
∇etranger∇
これは メッセージ 46189 (etranger3_01 さん)への返信です.
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