対イラク武力行使

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>grokworkdollさん

投稿者: grokworkdoll 投稿日時: 2004/06/22 14:11 投稿番号: [44599 / 118550]
>アルカイダの存在は否定できない。アルカイダやそれ同等のテロリストが攻撃してきた場合、武力を持って対応する事を私は否定しません。

おれも否定しません。
しかし、「なぜそうなったのか」という問題の根源への洞察を放棄してはならないのです。その洞察が継続されるなら、テロリストの攻撃そのものを抑止する方策が、かならず視野に入ってくる。可能かどうかは別として。先にどなたかが投稿されたパレスチナ案も、そういう「あらゆるオプションを検討する」という視座からでたものでしょう。

そんなことは不可能である、と断定する輩は、きっと、テロリストの攻撃を必要とする、なんらかの利害関係があるとみていいでしょう。あらゆるオプションを検討することに、目をつぶろう、目をそらさせようといっているだけですから。

あなたがたの話しはいつも「テロリストが攻撃してきた」から始まります。「テロへの対処」と「テロ問題の解決」を意図的に混合し、なにかを、あり得るなにかを、見えにくくさせているように感じます。

「テロへの対処」として、武力行使やむなしという場合もあるでしょう。しかし、「武力によるテロ問題の解決」はあり得ない、という、扱く当たり前の視点、立脚点を確認することが、どうして、案山子にはそれほど不都合なのでしょうか?

掘り下げれば、テロへの対処とテロの原因の悪循環(それは意図され、デザインされた言語操作、シンタックスエラーです)は、最終的には聖書などの神話的倫理へと誘導されます。善か悪か、イスラエルかパレスチナかは、結局「聖書」に依拠せざるを得ないのです。人類は、それを乗り越えることを志向する自由があります。ハルマゲドンも千年王国も拒否する自由も、私達は持っています。

神話的朦朧と神話的安堵、案山子のようなパーソナリティは、結局のところ、そういう神話的ゆりかごへの回帰を無想する、ひとつの朦朧にしか過ぎないのです。確信犯なのか病理なのか、おれが判断を保留しているのは、それがあまりにプリミティブな、人間精神の根源に関わる問題だからです。



>かかしさんはイスラム教徒とテロリストを区別してます。イスラムに対するヘイトなんてないですよ。

くり返しますが、44458を参照ください。書かれた現実が、そこにあるのです。
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