パレスチナ・・・サイト紹介
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/06/09 03:11 投稿番号: [42525 / 118550]
第一章のような考え方で書かれている私には比較的公正と感じられるサイトを見つけました。
もう一度、後でじっくり読もおっと!!
※ 産業革命以前のヨーロッパのキリスト教徒の考え方は、今とだいぶ違った世界として存在したということなんだろうなあ・・。
※ しかも、ユダヤ教徒同志の中で、歴然とした「差別」が存在することにびっくりした。
***********************
http://rerundata.hypermart.net/ura/hexagon/texts/textA2F3/a2f1000.html#01
<第1章>(抜粋)
> パレスチナ難民の悲劇を持ち出すと、ユダヤ人は自分たちの悲劇が「相対化」されることを極度に恐れるようですが、私はそうは思いません。歴史は「明と暗」の二面性を見ることによって、平面化(フラット化)されるのではなく、むしろ「より立体的かつ多角的な認識」を得られると思います。歴史は常に「複雑な因果関係」によって成り立っているため、考慮する側面が多ければ多いほど、奥深い歴史認識や教訓が引き出せると思います。
> 特に、古今東西の「ユダヤ問題」は奇々怪々な「多重構造・多重問題」をはらんでいるため、丁寧に一つ一つをほぐしていかないと理解しにくいです。「ユダヤ」を一枚岩のような民族・勢力集団として扱っては、歴史の真相に肉薄できないと思われます。
<第5章>(抜粋)
> キリスト教は、他人にカネを貸して利息を取ることは罪悪であると考えていた。ところが、ユダヤ教は『タルムード』の中で異邦人から利子を取ることを許していたので、ユダヤ人は古くから自由に高利貸業を営むことができた。そのため公職追放令が発令されると、ユダヤ人はキリスト教徒には禁止されていた金融業に喜々として手を染めていったのである。「カネに汚い高利貸し」というイメージがユダヤ人に定着したのはこの頃からだと言われている。
<第7章>(一部抜粋)
●1988年5月、東京で「イスラエルの占領・核・人権に関する国際シンポジウム」が開かれた。そのとき招かれた一人のスファラディ系ユダヤ青年が、以下のようなパレスチナ騒動に関する見解を述べた。
「初代のベングリオン首相から現在のシャミル首相に至るまで、イスラエルの歴代為政者は全て東欧・ソ連からアメリカを経由してイスラエルに入植してきた人たちである。これら“欧米系ユダヤ人”は、伝統的にアラブ社会を敵視してきた。彼らはユダヤ教とアラブ社会のイスラム教は互いに相いれない宗教だと決めつけ、戦って倒すべき相手だとする見方に立っている。」
「だが、イスラエルには中東や北アフリカから帰還したユダヤ人もいる。この人たちは伝統的にアラブ社会と友好・共存共栄主義者である。イスラエル政治が欧米系ユダヤ人の手から中東・アフリカ系ユダヤ人(スファラディ系ユダヤ人)の手に移るまでは、中東に真の和平は到来しないのではなかろうか・・・」
もう一度、後でじっくり読もおっと!!
※ 産業革命以前のヨーロッパのキリスト教徒の考え方は、今とだいぶ違った世界として存在したということなんだろうなあ・・。
※ しかも、ユダヤ教徒同志の中で、歴然とした「差別」が存在することにびっくりした。
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http://rerundata.hypermart.net/ura/hexagon/texts/textA2F3/a2f1000.html#01
<第1章>(抜粋)
> パレスチナ難民の悲劇を持ち出すと、ユダヤ人は自分たちの悲劇が「相対化」されることを極度に恐れるようですが、私はそうは思いません。歴史は「明と暗」の二面性を見ることによって、平面化(フラット化)されるのではなく、むしろ「より立体的かつ多角的な認識」を得られると思います。歴史は常に「複雑な因果関係」によって成り立っているため、考慮する側面が多ければ多いほど、奥深い歴史認識や教訓が引き出せると思います。
> 特に、古今東西の「ユダヤ問題」は奇々怪々な「多重構造・多重問題」をはらんでいるため、丁寧に一つ一つをほぐしていかないと理解しにくいです。「ユダヤ」を一枚岩のような民族・勢力集団として扱っては、歴史の真相に肉薄できないと思われます。
<第5章>(抜粋)
> キリスト教は、他人にカネを貸して利息を取ることは罪悪であると考えていた。ところが、ユダヤ教は『タルムード』の中で異邦人から利子を取ることを許していたので、ユダヤ人は古くから自由に高利貸業を営むことができた。そのため公職追放令が発令されると、ユダヤ人はキリスト教徒には禁止されていた金融業に喜々として手を染めていったのである。「カネに汚い高利貸し」というイメージがユダヤ人に定着したのはこの頃からだと言われている。
<第7章>(一部抜粋)
●1988年5月、東京で「イスラエルの占領・核・人権に関する国際シンポジウム」が開かれた。そのとき招かれた一人のスファラディ系ユダヤ青年が、以下のようなパレスチナ騒動に関する見解を述べた。
「初代のベングリオン首相から現在のシャミル首相に至るまで、イスラエルの歴代為政者は全て東欧・ソ連からアメリカを経由してイスラエルに入植してきた人たちである。これら“欧米系ユダヤ人”は、伝統的にアラブ社会を敵視してきた。彼らはユダヤ教とアラブ社会のイスラム教は互いに相いれない宗教だと決めつけ、戦って倒すべき相手だとする見方に立っている。」
「だが、イスラエルには中東や北アフリカから帰還したユダヤ人もいる。この人たちは伝統的にアラブ社会と友好・共存共栄主義者である。イスラエル政治が欧米系ユダヤ人の手から中東・アフリカ系ユダヤ人(スファラディ系ユダヤ人)の手に移るまでは、中東に真の和平は到来しないのではなかろうか・・・」
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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