弱い者いじめ社会・・(3)
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/06/08 23:14 投稿番号: [42514 / 118550]
まとめとして、
※戦後日本の民主政治の中で行われていたことは、全体の中に隠れているかも知れない「悲劇」の可能性を一つ一つ丁寧にきめ細かく検証して、ケースバイケースでその評価をするということである。
しかし実はこれは、為政者にとっては、面倒臭いものであり、非効率的なものであるから、合理性や、能率性に問題がある。為政者はできるだけ効率的に国民を一般化し、統計的に、全体を統括するほうが楽であり、経済的なのである。
しかし、民主主義というものは、本来、こういう非効率的なものの筈である。このきめ細かさ、非効率性を否定したうえでは、民主主義の本来の意義は消滅してしまうのではないだろうか?
今行なわれているものは、「為政者主義」とでも言うべきものである。
しかし、ここ小泉政権下で顕著なことは、本来なされるべきはずである、こういうきめ細かい為政者側の配慮というものは全く無視され顧みられず、多くの国民もその効率主義に対して、全くの疑問も感じることなく迎合している。
この効率主義、「為政者主義」の中に、国民全体を当てはめて、総体的に能率的に統治しようとすることは、「全体主義」に通じるものである。
この全体主義的傾向は、実際に、為政者にとっては極めて都合の良い状態を意味するのであるが、我々国民にとっては、非常に窮屈な自己の個人的可能性の「芽」を顧みられ無い可能性が増大するという意味で、極めて認めるべきではない唾棄すべき制度であると感じている。
そして、私達は、そういうことに気がつきもしない人達の賛同によって、徐々にそういう危険な社会へと、移行していることにもっと危機感を持つべきだと思うし、もっと自覚的であるべきだと思う。・・・これこそ本当の意味での「自己責任」なのである。
・・・やっと少しイラク問題と繋がったかな(^_^;)
これは メッセージ 42513 (assaraamaaleicomnjp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/42514.html