民主主義:テトさん
投稿者: silverlining430 投稿日時: 2004/06/08 13:08 投稿番号: [42444 / 118550]
お久しぶりです。お元気でしょうか?
テトさんは実は、民主主義について語っていませんので、少し概念を整理しますね。
>個人が尊重される?
というのは自由主義ですね。かなり単純化して言ってしまえば、個人の私的な利益追求行動や自由奔放な生き方を擁護する考え方で、これは民主主義とは違いますね。
それから、「基本的人権」や「生命の尊厳」の尊重は、民主主義に分類される要素ではなく、立憲主義のお話です(詳しくは後述します)。
民主主義というのはですね、これもかなり単純化して言ってしまえば、「多数者の意思を尊重すること」なんですよ。
ただし、「多数者の意思」が常に正しいわけではない。当然、多数者の方が少数者よりもおバカである可能性もある。多数者の方がおバカで、そのおバカな意思が法律化・政策化されると、プラトンが「国家」の中で指摘した「民主主義は衆愚政治の裏返し」ということになるわけです。
民主主義はまた、「多数の専制」という問題も孕んでいます。多数者の意思を押し通し、強制することで、少数者を抑えつけるというやり方です。民主主義とは、テトさんが理念として抱いている「個人の尊重」と相反する事態すら生み出す恐れもあるわけです。
以上も民主主義の問題を克服するために登場したのが立憲主義です。
つまり、民主的なプロセスを経て、多数の意思を結実する形で法律や政策をつくったとしても、その法律や政策が正しくないこともあり得る。特に「基本的人権」と「個人の生命の尊厳」から逸脱するような法律や政策は、たとえそれが多数の意思が望むところであっても、無効とするという考え方です。立憲主義は、制度的には違憲立法審査権という形で具体化されています。「基本的人権」や「個人の生命の尊厳」をnon-derogable(逸脱不可能)な性質のものであるとする原理として憲法で規定することで、民主的な過程からつくられた政策であっても、憲法の原理と反しないかどうかチェックするという制度ですね。
テトさんはむしろ、民主主義ではなく自由主義のお話をしているのだと思います。そして実際、米国が国際社会の中で尊重していることは、民主主義というよりも、むしろ自由主義ではないかと思います。
イラクに対する武力行使も、安保理構成国の多数の賛同を得られなかったという中で、「多数の意思を尊重する」という民主的プロセスに背を向ける形で行われたものであり、米国は、武力行使を決断するプロセスにおいては、むしろ民主主義から離れ、カカシさんの言う「独立国」の一個別的判断を尊重するという自由主義を前面に押し出したものであると言えます。民主主義を世界に広めるという米国の信念は、実は米国自身が民主主義を貫くとうことの模範を示せておらず、偽善じみてしまっている感があります。
人道的介入やイラクのWMDの開発能力の観点からは、あの武力行使の是非についての判断は分かれ、僕は全く意味はなかったとは言えないだろうと考えている立場ですが、原理原則論の観点からは、イラクに対する武力行使は支持できないものだと思うし、少なくとも「民主主義」という原則のもとで行われたものではないと思います。
テトさんは実は、民主主義について語っていませんので、少し概念を整理しますね。
>個人が尊重される?
というのは自由主義ですね。かなり単純化して言ってしまえば、個人の私的な利益追求行動や自由奔放な生き方を擁護する考え方で、これは民主主義とは違いますね。
それから、「基本的人権」や「生命の尊厳」の尊重は、民主主義に分類される要素ではなく、立憲主義のお話です(詳しくは後述します)。
民主主義というのはですね、これもかなり単純化して言ってしまえば、「多数者の意思を尊重すること」なんですよ。
ただし、「多数者の意思」が常に正しいわけではない。当然、多数者の方が少数者よりもおバカである可能性もある。多数者の方がおバカで、そのおバカな意思が法律化・政策化されると、プラトンが「国家」の中で指摘した「民主主義は衆愚政治の裏返し」ということになるわけです。
民主主義はまた、「多数の専制」という問題も孕んでいます。多数者の意思を押し通し、強制することで、少数者を抑えつけるというやり方です。民主主義とは、テトさんが理念として抱いている「個人の尊重」と相反する事態すら生み出す恐れもあるわけです。
以上も民主主義の問題を克服するために登場したのが立憲主義です。
つまり、民主的なプロセスを経て、多数の意思を結実する形で法律や政策をつくったとしても、その法律や政策が正しくないこともあり得る。特に「基本的人権」と「個人の生命の尊厳」から逸脱するような法律や政策は、たとえそれが多数の意思が望むところであっても、無効とするという考え方です。立憲主義は、制度的には違憲立法審査権という形で具体化されています。「基本的人権」や「個人の生命の尊厳」をnon-derogable(逸脱不可能)な性質のものであるとする原理として憲法で規定することで、民主的な過程からつくられた政策であっても、憲法の原理と反しないかどうかチェックするという制度ですね。
テトさんはむしろ、民主主義ではなく自由主義のお話をしているのだと思います。そして実際、米国が国際社会の中で尊重していることは、民主主義というよりも、むしろ自由主義ではないかと思います。
イラクに対する武力行使も、安保理構成国の多数の賛同を得られなかったという中で、「多数の意思を尊重する」という民主的プロセスに背を向ける形で行われたものであり、米国は、武力行使を決断するプロセスにおいては、むしろ民主主義から離れ、カカシさんの言う「独立国」の一個別的判断を尊重するという自由主義を前面に押し出したものであると言えます。民主主義を世界に広めるという米国の信念は、実は米国自身が民主主義を貫くとうことの模範を示せておらず、偽善じみてしまっている感があります。
人道的介入やイラクのWMDの開発能力の観点からは、あの武力行使の是非についての判断は分かれ、僕は全く意味はなかったとは言えないだろうと考えている立場ですが、原理原則論の観点からは、イラクに対する武力行使は支持できないものだと思うし、少なくとも「民主主義」という原則のもとで行われたものではないと思います。
これは メッセージ 42437 (tet010101 さん)への返信です.
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