統計、計算の限界
投稿者: moriya99 投稿日時: 2004/05/29 17:21 投稿番号: [41505 / 118550]
理系、文系の争いが激しいようですけど、どちらもある程度、できる人の集まりならば、文系は理系の人の説明に目が醒めた気がするし、理系の人は文系の思考の深さに敬意を感じる…。まあ、その当たりが当然の風景ですが…。
個人にとって、統計とか確率というのも、あまり頼りにならない。ほんのちょっとの判断材料になるか、どうか、という程度…。
例えば、統計などで政府の発表があるとする…。
今年の交通事故の死傷者は、何人が予想される。この数字は案外当たる…。近いことが多い。でもさ、これって役にたつのは、政府とか役人だけなんだわ。(それでも、交通事故の確率が減って喜んでいた当人が交通事故にあわない保証はない訳で…。ま、もともと、保証というもがそんなものかも、ですけど、なんか笑い話も成立する…。)
それを見越して、どれだけの予算が必要か。予防措置はどうしたらいいか。
でも、個人では問題にならない。いくら確率が低くても、そこに自分が入ればお終い。自分が事故の被害者になるかならないかの方が重大な情報であり、問題だが、答えてくれない。
事故被害者に入れば、事故の確率は1パーセントでも、100%と同じ。どんんに確率が高くても、入らなかったら0%と同じ。自分がそのどっちになるか教えてくれない。占いの領域だわ。
注意たって、個人の注意など限界があるし…。
だが、ここの注意はとても有功なんですね。個々の情報はとても役に立つ。
どんなときにどんな行為が危ないか。あまり努力しないで事故を避ける方法とか…。
人間の性情にスポットを当てた注意と対処術は非常に役にたちますねえ。まあ、理屈を言えば、どっちも必要ですけど、具体的な対処を示してくれる人の方が役に立つな。経験談は統計よりよほど、役に立つしね。
統計って勝手に偉くなっているときに振り回すくらいしか役に立たないのよ。ご庶民には…。
これは メッセージ 41498 (from_east_coast_25 さん)への返信です.
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