誤爆論分析 その2
投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2004/05/23 11:24 投稿番号: [40723 / 118550]
ガーディアンの記事は続く。
『夜遅く、招待客達はジェット機の音を上空にきいた。そして遠くのほうから軍の部隊と思われる車の列が砂漠を超えて近付くヘッドライトを目撃した。パーティは10時半には終わっていた。近所の人達はみなもう帰っていた。朝3時に空爆が始まった。「最初に奴らが爆撃したのは式のテントだった。」と目撃者のナワフさんは語る。「家のもんが家から走りでるのをみた。爆弾が落ちてきてそこらいったいを破壊した。」
『軍の装甲車が村に走ってきてマシンガンを空からの援護をうけながら撃ち始めた。「やつらは家のなかや外にいた人達を撃ちはじめた」とナワフさんは言う。
『夜明け前に二つの大きなチノックヘリコプタ−が降りてきて何人もの兵隊たちをおろした。彼らは爆発物をラカトの家に設置してその後、となりの家にも仕掛けた。チノックが飛び立ったとたんに、それらが爆発してこっぱみじんになった。
『ラカトの敷地内にすんでいた民間人の女性は、「私たちが家の外にでたら、アメリカ兵が撃ってきた。やつらは地面近くを低く撃って私たちをひとりひとり狙い撃ちしていた。」とインタビューに答えている。彼女は彼女の一番ちいさいこどもを腕に抱き、ほかの二人の男の子の手をひいて走った。走っている途中に近くでシェルが爆発し両足をけがして地面にたたきつけられた。
『彼女がそこに横たわっていると、玉が彼女の腕にあたった。二人の子供は死んでいた。「あのこたちは死んでいたので置いていきました」と彼女はいう。ひとりの子は首がとんでいた。「私は泥の中に倒れこみ、アメリカ兵が来て私をけりました。私は死んだ振りをしていました。私の赤ん坊は私の横でまだ生きていました。」
これは メッセージ 40721 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
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