独裁者・・(1)
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/04/25 14:57 投稿番号: [37779 / 118550]
せっかくレスがきたので少し・・・。
※レスをするなとは書いていませんので、余計な詮索は迷惑です。
>話の流れはイラク問題と交えていると言うのに・・・
>パリサイ派に言及せず
>神への信仰に話を飛ばすのには詭弁に感じてしまう。
まずは一般的な解釈をしたうえで、それを日常の生活に応用するというのが、まさに新約聖書の、真骨頂で、これはイスラムのコーランとも通じるところがあるようだけど、生活規範というものを、宗教の中での教義の中に盛り込んで、これに従うことによって、同一の考え方、行動をすることによって、仲間意識、同胞意識を養うという効果がもたらされるというメリットがあるのでしょうが、これが、聖書逐語解釈をし始めると、原理主義的になり、非常に窮屈な世界観を予想させるものであり、私は、ごめん被りたい。
現代のパリサイ人的な人々は、5000万人とも言われる福音派のキリスト教徒を擁したアメリカ合衆国の中に最も多く存在していると思いますが。それらの人々の支持によって、推薦された現大統領が、何かに偏っている考え方や行動を伴っているということは、容易に推察されることではないでしょうか?
>発達した民主文明国に於いて
>民主的に選ばれた者を独裁者呼ばわりするとは世も末かも
>しれないが・・・
それらのことを考えたときに、こういう考え方は、オバカの真骨頂である。
フセインも、北も、形式的には、極めて民主主義的な選ばれ方をしているはずだったが・・・?
アメリカや、日本の、何を根拠にして「発達した民主文明国」として、他の国々と区別しているのか?貴方は、ここに自らのの思い上がりというか、勘違い、差別意識があることに気がつかない。
・・・なぜなら、選んでいる主権者たる私自身を考えた場合、イラクに住む人々の内心とどのくらい進歩発達している考え方のもとに、「選らん」でいるのか、を考えるときに、はなはだ心もとないという感覚しか残らない。二千年前の聖書を有り難がって読んでいる人間が、そんなに飛躍的な精神的進歩をしているとは思えないし、実際していないであろう事を考えると、現世でのイラク人と日本人の一般人の考え方は、それほどの差異は認められないであろう。
米英軍は、民主的な教育を受け、欧米の民主国家で育てられた、フセインという、民主的な手続きである選挙によって選出された人を、「自分たちの利益にならない」という理由だけで、「武力侵攻」し多くの他国民であるイラク人の無差別殺戮を繰り返しているわけであるが、私はこれをこそ「世も末だ」と感じるが、君は違うのね?・・こういう行為を「発達した民主国家が行うべき所業」だというわけだ。
>政教分離とは公明党と創価学会の関係
>宗教的中立とはフランスのスカーフ問題
>であり。
単純でうらやましいわあ・・(^.^;)
>そもそも、小泉総理に限らず過去に参拝した閣僚は
>信仰から参拝しているのか?
>戦没者への供養からのか?
そのどちらでもなくて、票になるからでしょう?
つまり彼らがいけないのは、政治的に有利になりえることなら、宗教だろうが、何だろうが、簡単に利用しようとするその、政治と宗教の混同であり、人間性の卑しさである。
政治家が、宗教を利用して、互いに干渉しあい、矛盾しあうところの弊害が、「民衆を混乱させる」ことがあるという、パリサイ人が提示した現実に対して、一応の線引きを、イエスがしたということに過ぎないのであって、これがすべてであるとは思いませんが、現代においてもこれを混同させると、「民衆が混乱する」という事実は変わらないのであって、そこのところの線引きをしない小泉始め、歴代総理の無節操さが非難され、笑われているのですよ。
このことの弊害として、ある一定の票田からの注文も、聞かざるを得ない。
※つまり、ある偏っているかもしれない特定宗教の教義に乗っ取った、精神的な負担を国民におわせる可能性が否定できない状態が容易に予想されるということでしょう。・・・これが、政教分離を否定する大きな理由ですよ。
イエスは、この中で、宗教の優位性を言い含めたうえで、しかし、国家の中での君主の政策に対しては干渉しないという、キリスト教の、君主に対する「安全性」を保証したわけで、これが、世界宗教になりえる、可能性を示唆したということでしょう?これは、民族ではなくて、国家間(君主の政策)を超越してキリスト教が存在出来うるという根拠を示したわけですよ。
引き続きレスはいりません。
※レスをするなとは書いていませんので、余計な詮索は迷惑です。
>話の流れはイラク問題と交えていると言うのに・・・
>パリサイ派に言及せず
>神への信仰に話を飛ばすのには詭弁に感じてしまう。
まずは一般的な解釈をしたうえで、それを日常の生活に応用するというのが、まさに新約聖書の、真骨頂で、これはイスラムのコーランとも通じるところがあるようだけど、生活規範というものを、宗教の中での教義の中に盛り込んで、これに従うことによって、同一の考え方、行動をすることによって、仲間意識、同胞意識を養うという効果がもたらされるというメリットがあるのでしょうが、これが、聖書逐語解釈をし始めると、原理主義的になり、非常に窮屈な世界観を予想させるものであり、私は、ごめん被りたい。
現代のパリサイ人的な人々は、5000万人とも言われる福音派のキリスト教徒を擁したアメリカ合衆国の中に最も多く存在していると思いますが。それらの人々の支持によって、推薦された現大統領が、何かに偏っている考え方や行動を伴っているということは、容易に推察されることではないでしょうか?
>発達した民主文明国に於いて
>民主的に選ばれた者を独裁者呼ばわりするとは世も末かも
>しれないが・・・
それらのことを考えたときに、こういう考え方は、オバカの真骨頂である。
フセインも、北も、形式的には、極めて民主主義的な選ばれ方をしているはずだったが・・・?
アメリカや、日本の、何を根拠にして「発達した民主文明国」として、他の国々と区別しているのか?貴方は、ここに自らのの思い上がりというか、勘違い、差別意識があることに気がつかない。
・・・なぜなら、選んでいる主権者たる私自身を考えた場合、イラクに住む人々の内心とどのくらい進歩発達している考え方のもとに、「選らん」でいるのか、を考えるときに、はなはだ心もとないという感覚しか残らない。二千年前の聖書を有り難がって読んでいる人間が、そんなに飛躍的な精神的進歩をしているとは思えないし、実際していないであろう事を考えると、現世でのイラク人と日本人の一般人の考え方は、それほどの差異は認められないであろう。
米英軍は、民主的な教育を受け、欧米の民主国家で育てられた、フセインという、民主的な手続きである選挙によって選出された人を、「自分たちの利益にならない」という理由だけで、「武力侵攻」し多くの他国民であるイラク人の無差別殺戮を繰り返しているわけであるが、私はこれをこそ「世も末だ」と感じるが、君は違うのね?・・こういう行為を「発達した民主国家が行うべき所業」だというわけだ。
>政教分離とは公明党と創価学会の関係
>宗教的中立とはフランスのスカーフ問題
>であり。
単純でうらやましいわあ・・(^.^;)
>そもそも、小泉総理に限らず過去に参拝した閣僚は
>信仰から参拝しているのか?
>戦没者への供養からのか?
そのどちらでもなくて、票になるからでしょう?
つまり彼らがいけないのは、政治的に有利になりえることなら、宗教だろうが、何だろうが、簡単に利用しようとするその、政治と宗教の混同であり、人間性の卑しさである。
政治家が、宗教を利用して、互いに干渉しあい、矛盾しあうところの弊害が、「民衆を混乱させる」ことがあるという、パリサイ人が提示した現実に対して、一応の線引きを、イエスがしたということに過ぎないのであって、これがすべてであるとは思いませんが、現代においてもこれを混同させると、「民衆が混乱する」という事実は変わらないのであって、そこのところの線引きをしない小泉始め、歴代総理の無節操さが非難され、笑われているのですよ。
このことの弊害として、ある一定の票田からの注文も、聞かざるを得ない。
※つまり、ある偏っているかもしれない特定宗教の教義に乗っ取った、精神的な負担を国民におわせる可能性が否定できない状態が容易に予想されるということでしょう。・・・これが、政教分離を否定する大きな理由ですよ。
イエスは、この中で、宗教の優位性を言い含めたうえで、しかし、国家の中での君主の政策に対しては干渉しないという、キリスト教の、君主に対する「安全性」を保証したわけで、これが、世界宗教になりえる、可能性を示唆したということでしょう?これは、民族ではなくて、国家間(君主の政策)を超越してキリスト教が存在出来うるという根拠を示したわけですよ。
引き続きレスはいりません。
これは メッセージ 37775 (lighter101rethgil さん)への返信です.
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