米国傀儡のイラク強硬独裁政権
投稿者: silverlining430 投稿日時: 2004/04/08 19:45 投稿番号: [35975 / 118550]
とは、モリヤさんはどのようなものを想定しているのでしょうか?
僕は、個人的には採択されたイラクの暫定憲法を評価しているので、その規定にそって考えると、米国の傀儡先は大統領1人と副大統領2人で構成される「大統領府」ということになるのでしょうか?
ただ、大統領と副大統領は、直接選挙で選ばれたイラク人議員で構成される「国民議会」が選出しますよね。しかも、選出された大統領と副大統領がよからぬ人物―たとえば米国の紐付きイラク人―であれば、国民議会が罷免することもできますよね。直接選挙で選ばれたイラク人議員にこれだけの権限があるのであれば、主権在民という原理が一応は実現される形になると思うのですが。
ここで、「一応は」と言ったのは、人口比が最も多いシーア派住民の政治的発言権については、その人口比に見合ったものにはならないだろうと思うからです。この点に、シーア派はとても怒っているわけです。が、クルド、スンニ、シーアの各部族が、人口比に関係なく平等な権利を保持するという方向性の方が、僕はマシだろうと感じているのです。
仮にシーア派が人口比に見合った政治的発言権を持ったとしたら、イラクのイスラム色が非常に強くなり、イラクのイラン化もあり得るでしょう。イラクがイラン化したとしたら、米国としては大変都合が悪くなるでしょうね。モリヤさんのように米国の傀儡を危虞する人にとっては、きっとイラクがイラン化した方がマシだと思われるのでしょうか?
一方で忘れてはならないのは、イラクにはイスラム教の教義に縛られたくない、欧米的な自由を感受したいと願う非常に世俗的なイラク人も結構いるということです。そもそもフセインが進めてきたことは、西欧的な近代化だったわけであり、その近代化の恩恵を受けていたイラク人にとっては、シーア派が強調するようなイスラム教の教義を遵守する必要が出てくれば、せっかくフセイン政権時代に享有できていた自由を捨てる事態にもなり、そうした事態を危惧するイラク人も実際に存在します。
イラク暫定憲法では、シーア派の主張に配慮し、イスラムの教義をイラクの法律にとっての重要な基礎であることを明記しましたが、現に、イスラム教をイラクの法律の基礎としてしまえば、女性の人権が確保できなくなるといって、イラク人の女性人権家たちが、しばしばデモを起こしていますよね。
ここはシビル・ミニマムの原則を採用し、クルド、スンニ、シーアの各部族がなんとか共生していけるだけの共通項を見出すしか、イラクが国家として安定的に発展する道はないように思うのです。
当然、石油利権などで、米国がお得意先になることはあり得ますよ。でもこのことが、傀儡にまでなるのかどうかは分かりません。フセイン政権時代に石油採掘権をフセインに約束されていた仏・ロ・中の立場が米国に置き換えられるというだけなのでしょう。
ただし、米国は民主主義のお手本をイラク人に示すことには失敗したと感じています。
民主主義をカール・ベッカーの定義に従って言うなら、「民主主義とは頭をたたき割ることではなく、頭数を数えることである」ということです。これは民主主義を表す制度形態である多数決制を言い表したものですが、一方で民主主義の下では多数派の意思とともに、少数派の「頭をたたき割らない(=暴力で押さえつけない)」ことが重要になるからです。僕は武力行使を理解している立場ではありますが、武力行使という手段自体、「頭をたたき割る」行為であり、米国は非民主的な手段でスタートし、イラクの民主化を実現させるというゴールをめざす、一貫しないコースの上を走っています。
サドル師のような少数派に属する動きに米国はどう対応するのか?#35853で鎌倉さんが紹介している懐柔策に傾くことを祈るばかりです。
僕は、個人的には採択されたイラクの暫定憲法を評価しているので、その規定にそって考えると、米国の傀儡先は大統領1人と副大統領2人で構成される「大統領府」ということになるのでしょうか?
ただ、大統領と副大統領は、直接選挙で選ばれたイラク人議員で構成される「国民議会」が選出しますよね。しかも、選出された大統領と副大統領がよからぬ人物―たとえば米国の紐付きイラク人―であれば、国民議会が罷免することもできますよね。直接選挙で選ばれたイラク人議員にこれだけの権限があるのであれば、主権在民という原理が一応は実現される形になると思うのですが。
ここで、「一応は」と言ったのは、人口比が最も多いシーア派住民の政治的発言権については、その人口比に見合ったものにはならないだろうと思うからです。この点に、シーア派はとても怒っているわけです。が、クルド、スンニ、シーアの各部族が、人口比に関係なく平等な権利を保持するという方向性の方が、僕はマシだろうと感じているのです。
仮にシーア派が人口比に見合った政治的発言権を持ったとしたら、イラクのイスラム色が非常に強くなり、イラクのイラン化もあり得るでしょう。イラクがイラン化したとしたら、米国としては大変都合が悪くなるでしょうね。モリヤさんのように米国の傀儡を危虞する人にとっては、きっとイラクがイラン化した方がマシだと思われるのでしょうか?
一方で忘れてはならないのは、イラクにはイスラム教の教義に縛られたくない、欧米的な自由を感受したいと願う非常に世俗的なイラク人も結構いるということです。そもそもフセインが進めてきたことは、西欧的な近代化だったわけであり、その近代化の恩恵を受けていたイラク人にとっては、シーア派が強調するようなイスラム教の教義を遵守する必要が出てくれば、せっかくフセイン政権時代に享有できていた自由を捨てる事態にもなり、そうした事態を危惧するイラク人も実際に存在します。
イラク暫定憲法では、シーア派の主張に配慮し、イスラムの教義をイラクの法律にとっての重要な基礎であることを明記しましたが、現に、イスラム教をイラクの法律の基礎としてしまえば、女性の人権が確保できなくなるといって、イラク人の女性人権家たちが、しばしばデモを起こしていますよね。
ここはシビル・ミニマムの原則を採用し、クルド、スンニ、シーアの各部族がなんとか共生していけるだけの共通項を見出すしか、イラクが国家として安定的に発展する道はないように思うのです。
当然、石油利権などで、米国がお得意先になることはあり得ますよ。でもこのことが、傀儡にまでなるのかどうかは分かりません。フセイン政権時代に石油採掘権をフセインに約束されていた仏・ロ・中の立場が米国に置き換えられるというだけなのでしょう。
ただし、米国は民主主義のお手本をイラク人に示すことには失敗したと感じています。
民主主義をカール・ベッカーの定義に従って言うなら、「民主主義とは頭をたたき割ることではなく、頭数を数えることである」ということです。これは民主主義を表す制度形態である多数決制を言い表したものですが、一方で民主主義の下では多数派の意思とともに、少数派の「頭をたたき割らない(=暴力で押さえつけない)」ことが重要になるからです。僕は武力行使を理解している立場ではありますが、武力行使という手段自体、「頭をたたき割る」行為であり、米国は非民主的な手段でスタートし、イラクの民主化を実現させるというゴールをめざす、一貫しないコースの上を走っています。
サドル師のような少数派に属する動きに米国はどう対応するのか?#35853で鎌倉さんが紹介している懐柔策に傾くことを祈るばかりです。
これは メッセージ 35889 (moriya99 さん)への返信です.
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