Baghdad Burning 3/20 (本文)
投稿者: masajuly2001 投稿日時: 2004/03/28 09:21 投稿番号: [34925 / 118550]
The War on Terror...
今日、私はいらいらして怒りを感じている。イラク戦争が始まってからきっかり一年、誰にもそのことが重くのしかかっているように見える。
去年の今日この日、朝早くの時間に戦争は始まった。私は眠っていなかった。2,3日前のブッシュの最後通牒からずっと。怖かったからではない。爆弾が落ち始めるときに眠っていたくなかったのだ。最初のスゴい音で涙が流れ始めた。私はそれほど涙腺の弱い方じゃない。でも、その瞬間、一年前の今日は、その爆弾の音がそれほど悲しく感じた。つまるところ、アメリカが初めて私たちに初めて爆弾を落としたときには、その感情は身近なものではなかったけど、今は身近なものになった。そんな感情が身近になるというのは、フェアじゃないように思った。
私は、バグダッドが瓦礫になっていくのを恐ろしく思った。爆発のたびに、バグダッドの大切な場所が炎になって消えていくのを知った。辛いことだが、そのことが私の最悪の敵に起こって欲しいとは思わない。それは「解放」の始まりだった。統治、ある種の平和、ある程度の尊厳からの解放。私たちは、私たちの仕事、私たちの街、私たちの家の義務から解放された。私たちの一部は、私たちの家族や友人から解放された。
1年後、せいぜい良いことでも、私たちの電気がときどき停電するぐらい。絶えず燃料不足のようで、町は安全でない。たまにだが、街を歩くと、人々の顔は心配事で目が落ちくぼみ、しわだらけになっている。家族の拘留、アメリカ人による自宅の急襲、家族の誘拐、強姦、死。
そして、戦争から一年、私たちが現在いる世界は?そう、私たちは衛星放送のアンテナを所有し、専用の携帯電話の数も増えた。しかし、「現実」に私たちはどこにいるのだろうか。大多数の人たちはどこにいるのだろうか。
私たちは、黒い波のように私たちに襲いかかるように思える過激派と戦おうとしている。でも、ちょっと時間がたつと、平常が私たちに戻るのにどのぐらいの時間がかかるのだろうかと考えてしまう。私たちは市民戦争にならないことを望み、祈っている。
私たちは、米兵が私たちの街をうろつき、暴力で私たちの家に侵入してくるのを不信感をもって見つめている。私たちは、まったく役立たずの傀儡評議会が腰掛けながら優雅な契約を外国人と交わし、裕福になっていくのを怒りをもって見つめている。彼らは、自分の国のことをほとんど気にかけることがなく、数千の命が犠牲になり、さらに数千の命が犠牲になることが確実な戦争を行うことをブッシュとその仲間に頼んだのと同じ連中なのだ。
私たちは、南部のイラン人の聖職者がかっては世俗の国をアメリカの悪夢、イランの丸写しの国に変えるのを冷笑をもって見つめている。私たちは、世界の人々の目に嘘がゆっくりと明らかになっていくのを見つめている。WMDという茶番とアルカイダというお笑いだ。
そして、私たちは今どこにいるのだろうか。まあ、私たちの政府機構は、「解放軍」と「自由のイラク戦士」によって完全に破壊された。労働人口の50%に仕事はなく、飢えている。夏は迫りつつあり、電力事情は冗談になっている。街は汚く、汚水で溢れつつある。私たちの刑務所は、数千の無実の人々でかってないほど溢れかえっている。私たちは、過去1年、イランとの10年戦争でもたらされた以上の数の爆発や戦車、戦闘機、兵士を目にしている。検閲のために私たちの家は急襲され、私たちの車は停止させられる。ジャーナリストは「事故」で殺され、市民戦争の種は、非常にそれが有利と思う人たちによって植えられている。病院は患者で溢れているが、医療器具、薬品、お医者さんなど、ほぼあらゆるものが付属している。その間ずっと、石油は溢れている。
しかし、私たちは多くのことを知った。私たちは、テロが実際には恐怖を生む行為ではないことを知った。テロは無実の人々を殺したり、他人を脅したりする行為ではない。違う。そう。そうした行為は「解放」と呼ばれる。何を焼き、誰を殺すかは問題ではない。カーキ色の服を着て、戦車やアパッチ、戦闘機に乗り、ミサイルや爆弾を落としたとしても、その人たちはテロリストではない。その人たちは解放者なのだ。
対テロ戦争は冗談だ。マドリッドでは、先週そのことが証明された。イラクでは、そのことが毎日証明されている。
人が安らかな気持ちでいることを、私は願う。なぜなら、私たちがそのような気持ちでないことは確かだから。
今日、私はいらいらして怒りを感じている。イラク戦争が始まってからきっかり一年、誰にもそのことが重くのしかかっているように見える。
去年の今日この日、朝早くの時間に戦争は始まった。私は眠っていなかった。2,3日前のブッシュの最後通牒からずっと。怖かったからではない。爆弾が落ち始めるときに眠っていたくなかったのだ。最初のスゴい音で涙が流れ始めた。私はそれほど涙腺の弱い方じゃない。でも、その瞬間、一年前の今日は、その爆弾の音がそれほど悲しく感じた。つまるところ、アメリカが初めて私たちに初めて爆弾を落としたときには、その感情は身近なものではなかったけど、今は身近なものになった。そんな感情が身近になるというのは、フェアじゃないように思った。
私は、バグダッドが瓦礫になっていくのを恐ろしく思った。爆発のたびに、バグダッドの大切な場所が炎になって消えていくのを知った。辛いことだが、そのことが私の最悪の敵に起こって欲しいとは思わない。それは「解放」の始まりだった。統治、ある種の平和、ある程度の尊厳からの解放。私たちは、私たちの仕事、私たちの街、私たちの家の義務から解放された。私たちの一部は、私たちの家族や友人から解放された。
1年後、せいぜい良いことでも、私たちの電気がときどき停電するぐらい。絶えず燃料不足のようで、町は安全でない。たまにだが、街を歩くと、人々の顔は心配事で目が落ちくぼみ、しわだらけになっている。家族の拘留、アメリカ人による自宅の急襲、家族の誘拐、強姦、死。
そして、戦争から一年、私たちが現在いる世界は?そう、私たちは衛星放送のアンテナを所有し、専用の携帯電話の数も増えた。しかし、「現実」に私たちはどこにいるのだろうか。大多数の人たちはどこにいるのだろうか。
私たちは、黒い波のように私たちに襲いかかるように思える過激派と戦おうとしている。でも、ちょっと時間がたつと、平常が私たちに戻るのにどのぐらいの時間がかかるのだろうかと考えてしまう。私たちは市民戦争にならないことを望み、祈っている。
私たちは、米兵が私たちの街をうろつき、暴力で私たちの家に侵入してくるのを不信感をもって見つめている。私たちは、まったく役立たずの傀儡評議会が腰掛けながら優雅な契約を外国人と交わし、裕福になっていくのを怒りをもって見つめている。彼らは、自分の国のことをほとんど気にかけることがなく、数千の命が犠牲になり、さらに数千の命が犠牲になることが確実な戦争を行うことをブッシュとその仲間に頼んだのと同じ連中なのだ。
私たちは、南部のイラン人の聖職者がかっては世俗の国をアメリカの悪夢、イランの丸写しの国に変えるのを冷笑をもって見つめている。私たちは、世界の人々の目に嘘がゆっくりと明らかになっていくのを見つめている。WMDという茶番とアルカイダというお笑いだ。
そして、私たちは今どこにいるのだろうか。まあ、私たちの政府機構は、「解放軍」と「自由のイラク戦士」によって完全に破壊された。労働人口の50%に仕事はなく、飢えている。夏は迫りつつあり、電力事情は冗談になっている。街は汚く、汚水で溢れつつある。私たちの刑務所は、数千の無実の人々でかってないほど溢れかえっている。私たちは、過去1年、イランとの10年戦争でもたらされた以上の数の爆発や戦車、戦闘機、兵士を目にしている。検閲のために私たちの家は急襲され、私たちの車は停止させられる。ジャーナリストは「事故」で殺され、市民戦争の種は、非常にそれが有利と思う人たちによって植えられている。病院は患者で溢れているが、医療器具、薬品、お医者さんなど、ほぼあらゆるものが付属している。その間ずっと、石油は溢れている。
しかし、私たちは多くのことを知った。私たちは、テロが実際には恐怖を生む行為ではないことを知った。テロは無実の人々を殺したり、他人を脅したりする行為ではない。違う。そう。そうした行為は「解放」と呼ばれる。何を焼き、誰を殺すかは問題ではない。カーキ色の服を着て、戦車やアパッチ、戦闘機に乗り、ミサイルや爆弾を落としたとしても、その人たちはテロリストではない。その人たちは解放者なのだ。
対テロ戦争は冗談だ。マドリッドでは、先週そのことが証明された。イラクでは、そのことが毎日証明されている。
人が安らかな気持ちでいることを、私は願う。なぜなら、私たちがそのような気持ちでないことは確かだから。
これは メッセージ 34924 (masajuly2001 さん)への返信です.
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