対イラク武力行使

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オベンチャラとイスラエル 1

投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2004/03/25 22:11 投稿番号: [34789 / 118550]
>古代イスラエルが「約束された地」をローマ人に追われるまでは、我らが故国であったと言えば、パレスチナ人が不法占拠していたことになるべぇ。

  全てのユダヤ人が離散したわけはなく残ったユダヤ人はアラブの世界で共存していた。


ユダヤ人→ユダヤ教徒

そうすると何故パレスチナへ戻ろうとするのか分からない。

▼ロシア・ユダヤ人実業家の興亡
2004年3月9日    田中   宇
http://tanakanews.com/e0309russia.htm
19世紀末、ロシア帝国には500万人のユダヤ人がいたが、その多くは貧しい人々で、裕福な商人はごく一部だった。ロシアにユダヤ人が多いのは、かつてロシア南部にハザール王国という国があり、9世紀にユダヤ教を国教として制定したことが一因だ。イスラエルではユダヤ人は「古代イスラエル王国の末裔」とされるが、ハザールの人々は古代イスラエルとは関係ないので、イスラエル建国運動に矛盾を与える。この矛盾を避けるため、従来の歴史認識では東欧ロシアのユダヤ人は地中海地域から移住してきたとされ、ハザールの存在はタブー視されていたが、最近では世界的に認識が変わりつつある)(関連記事その1、その2)

***
●19世紀末から1917年のロシア革命が起きるまでの間に、300万人近くのユダヤ人が、ロシアを離れて他国へと移住した。その7割は、アメリカ合衆国を目ざしている。

1880年から1925年の間に、アメリカへ移住したユダヤ人400万人に対し、パレスチナへの移住者はたった15万人しかいなかった。

また、第一次世界大戦後のドイツ国内には、この東欧からのユダヤ難民が洪水のように押し寄せたのだが、これがドイツ国民の反ユダヤ感情を刺激し、ドイツでナチスの台頭をうながす要因の一つになったことはいうまでもない。

http://blackbox777.at.infoseek.co.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhb300.html
■■ユダヤ国家建設の候補地選びで激しい対立


●西欧と東欧のシオニストたちの意見の食い違いは、「世界シオニスト会議」において、常に緊張する場面が繰り返された。中でもユダヤ国家建設の候補地選びにおいて、大きく意見が衝突した。

西欧のシオニストの多くは、ヘルツルを先頭にして、ユダヤ国家建設の候補地は、必ずしもパレスチナである必要はないと主張していた。実際にヘルツルは、1903年に開催された「第6回世界シオニスト会議」において、パレスチナにかわる代替入植地として「ケニヤ高地」を勧めるイギリスの提案を受け入れていた。

しかし、東欧のシオニストたちは、自分たちのアイデンティティの拠り所として、ユダヤ国家建設の候補地は“約束の地”であるパレスチナでしかあり得ないと主張し、ヘルツルの提案に大反対した。更に東アフリカの「ウガンダ」が候補地として浮上し始めると、東欧のシオニストたちは猛反発し、世界シオニスト機構を脱退するとまで言い出した。

http://blackbox777.at.infoseek.co.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhb300.html
***

仏教徒がみんなインドへ移住するか?

イギリスが同時に出した三枚舌。

1.アラブ独立
2.軍資金を出したユダヤ人にユダヤの国の保証
3.フランスとイギリスとでアラブ分割

  ホロコーストや迫害はイスラム教徒とは無関係。

  ロスチャイルド財閥がなければ移住そのものも不可能だったのじゃないか?

  パレスチナへ移住を希望したユダヤ人にはパレスチナに住民がいることを知らせてなかった。
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