注、日英同盟のその後
投稿者: ben_kenobi03 投稿日時: 2004/03/15 22:29 投稿番号: [34089 / 118550]
ワシントン会議だよ、ワシントン、幣原によると(外交50年)
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イギリスから出した条約案と言うのはつまり、日米英三国の軍事同盟であった。
<中略>
私は病床でいろいろ考えた末、イギリスの同盟条約案に対する代案として協議条約とでも言うべき、コンサルタティブ・パクト、つまり重大問題が起こった場合、お互いに相談し合うと言う協約にしたら、云々、アメリカも乗るだろうと思ったので起案した。
<中略>
日英米の三国の協商にフランスを入れると言う事は、当初から、三国の話し合いで決めた事ではなかった。
ところがアメリカの立場としては、そのころイギリスも日本もあまり国内では気受が良くない。ところがフランスは、連合軍総司令官フォッシュ将軍が、最近アメリカに来て、えらい歓迎を受け、フランスに対する人気が非常に良くなっていた。、それで日米英だけの協商という事では、上院の批准が得られるかどうかが疑問なので、一番人気の良いフランスを加えて、四国条約にしようというヒューズ氏の考案にもとづいたものである。
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フランスは添え物で実質的には三国協商だったんだよ。
これは メッセージ 34064 (lighter101rethgil さん)への返信です.
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