歴史における個人(補足)
投稿者: masajuly2001 投稿日時: 2004/03/04 18:08 投稿番号: [33556 / 118550]
社会はさまざまな職業の人で成り立っている。ある職業があるということは、その職業を必要とする人間が存在しているということだ。だから、どんな職業でも意味がある。政治家になりたければ、そうすればいい。軍人になりたければ、そうすればいい。まあ、時とともにだんだん世襲化がすすむだろうけどね。
前にも書いたと思うけど、俺の好きな小説にジョージ・オーウェルの『動物農場(The Animal Farm)』がある。動物たちが人間の横暴に反抗して立ち上がるのだが、人間を追い出したら豚が人間と同じことを言い出す、というやつだ。俺はそんなもんだと思っている。権力を持った人間が手にする情報というのは、俺みたいな一般の人間が手にする情報とまるで違う。そんな甘い情報を、きっぱりと手放そうとする人間がいるだろうか。もしいるなら、立派な人だ。しかし、俺が知る限り現実は違う。やっぱり、たいていの人は甘い情報をいつまでも手にしたい、甘い情報で少なくとも他の人より有利な立場に立っていたいと考える、と俺は思う。だから、どんな階層の人間が権力を持とうが、最終的には同じところに行き着くんじゃないだろうか、ってのが俺の現実認識だ。逆に言えば、特定の人間がいつまでも甘い汁を吸えないようにするには、公開された社会をどうやって実現するか、ってことなんじゃないだろうか、と俺は思う。
これは メッセージ 33554 (masajuly2001 さん)への返信です.
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