選択の重み
投稿者: masajuly2001 投稿日時: 2004/02/28 18:16 投稿番号: [33053 / 118550]
俺は隣の住人が何を考えてるのか分からない。俺の彼女でさえときどき何を考えているのか分からないときがある。だから、誰かの立場に立つなんて絶対にできないと思う。俺は俺、他人は俺から考えた他人であるにすぎない。
歴史を考えるとき、俺はそのときの状況、政策を決定した人間が何を考えたかを考える。日本の歴史がすげえ薄汚れたものみたいに言う人がいる。じゃあ、当時の政策決定者は他に選択肢があったんだろうか。どんな選択肢を考えたんだろうか。でも、人間だ。間違えることだってある。もしそうなら、選択の間違えの責任はとらなきゃいけない(日本の戦後は責任取らずにでかい顔している人が多いみたいだけどね)。その間違えでひどい目にあった人がいたなら、その責任もとらなきゃいけない。でも、責任をとるには、どういう間違いであったのかを具体的に知らなきゃならない。薄汚れているんだったら、それはそれでいい。これからは、克服していけばいいんだから
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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