「奥大使の遺志がサマワへ道開く」
投稿者: speculator_lucky7 投稿日時: 2004/02/28 17:07 投稿番号: [33047 / 118550]
奥大使の遺志がサマワへ道開く・・何度も訪問、要望調査(2004/2/28
読売新聞)
【サマワ=福島利之】昨年11月にイラク北部のティクリートで殺害された奥克彦大使(当時45歳、参事官から昇進)は、自衛隊の派遣に向けて何度もサマワを訪ねていた。現地の行政担当者は、精力的に要望を聞いて歩く姿を記憶にとどめ、「自衛隊が来たのはミスター・オクのお陰」とも言う。サマワで活動を始めた陸自の佐藤正久・復興業務支援隊長(43)も奥大使と行動を共にした1人で、その遺志を秘めていた。
サマワ市評議会のアラー・ハッサン・ハノシュ議員(42)に奥大使のことを尋ねると、大事そうにメモ帳を取り出した。
英語で書かれたアラー議員とニマット夫人(35)の名前の下に、カタカナ文字が並んでいる。昨年9月11日、岡本行夫・首相補佐官とサマワを訪れた奥大使に書いてもらったものだ。
「日本語は難しいですね」。そう話しかけると、奥大使は「アラビア語の方が難しいですよ」と笑顔で応じ、アラー夫妻の名前を聞いて英語とカタカナで名前を書いた。
その文字を指で何度もなぞり、今では書けるまでになったアラー議員だが、奥大使の死を知らなかった。メディアが十分機能していないイラクでは無理もない。同じ国の出来事を伝えると、アラー議員はしばらく目をつむり、両手で顔を覆って話を続けた。
「精力的な人だった。ムサンナ県の人のために動いてくれたことにお礼を言いたい。どうか私のお悔やみをご家族に伝えて欲しい」。そして、イラクでも知られる日本の「侍」を持ち出し、「オクは今世紀のサムライ。さっとサマワに現れ、遠くに行ってしまった……」と言って絶句した。
浄・給水、医療支援、学校の補修――。陸自の支援活動は、奥大使が岡本補佐官と聞いたサマワ市評議会の要望が下地だ。
奥大使は、その時のやり取りを外務省のホームページの「イラク便り」に書いている。
「困っていることは何ですか?」と尋ねると、浄水プラントの老朽化、日本が円借款で建設協力した総合病院の設備老朽化、ゴミ収集の不十分さなどを訴えていました。
奥大使は昨年11月上旬にも、自衛隊員を伴ってサマワに入った。治安情勢を尋ねる奥大使に、評議会のファーリス・アジュミ議員(45)は「サマワは安全だから、聞くまでもない」と、胸を張った。
自衛隊に期待するファーリス議員だが、不満もある。「もっとスピードを上げてほしい」。その思いは、奥大使が「イラク便り」の中で強調した言葉と同じだ。
川口大臣にイラク情勢、日本としてどのような支援を行う必要があるのか、説明申し上げました。(外相は)「日本として何が1番重要ですか」と尋ねられ、私は迷わず「援助実施のスピードだと思います」とお答えしました。
佐藤隊長は昨年6月、政府調査団の一員として、奥大使とサマワを歩き、泊まったオランダ軍宿営地で、ラグビーのジャージーを着た奥大使と午前3時まで議論した。「外務省、自衛隊という小さな組織でなく、日本、世界全体のことを考えよう」と繰り返し訴えていたという。
「私の心の中には、イラク復興に強い情熱を持っていた奥大使の遺志がある。現地の人に溶け込もうとするやり方は、奥大使の姿を受け継いだものだ」と佐藤隊長は言う。 奥大使が夢見たイラクの復興。その支援活動がいよいよ始まる。
【サマワ=福島利之】昨年11月にイラク北部のティクリートで殺害された奥克彦大使(当時45歳、参事官から昇進)は、自衛隊の派遣に向けて何度もサマワを訪ねていた。現地の行政担当者は、精力的に要望を聞いて歩く姿を記憶にとどめ、「自衛隊が来たのはミスター・オクのお陰」とも言う。サマワで活動を始めた陸自の佐藤正久・復興業務支援隊長(43)も奥大使と行動を共にした1人で、その遺志を秘めていた。
サマワ市評議会のアラー・ハッサン・ハノシュ議員(42)に奥大使のことを尋ねると、大事そうにメモ帳を取り出した。
英語で書かれたアラー議員とニマット夫人(35)の名前の下に、カタカナ文字が並んでいる。昨年9月11日、岡本行夫・首相補佐官とサマワを訪れた奥大使に書いてもらったものだ。
「日本語は難しいですね」。そう話しかけると、奥大使は「アラビア語の方が難しいですよ」と笑顔で応じ、アラー夫妻の名前を聞いて英語とカタカナで名前を書いた。
その文字を指で何度もなぞり、今では書けるまでになったアラー議員だが、奥大使の死を知らなかった。メディアが十分機能していないイラクでは無理もない。同じ国の出来事を伝えると、アラー議員はしばらく目をつむり、両手で顔を覆って話を続けた。
「精力的な人だった。ムサンナ県の人のために動いてくれたことにお礼を言いたい。どうか私のお悔やみをご家族に伝えて欲しい」。そして、イラクでも知られる日本の「侍」を持ち出し、「オクは今世紀のサムライ。さっとサマワに現れ、遠くに行ってしまった……」と言って絶句した。
浄・給水、医療支援、学校の補修――。陸自の支援活動は、奥大使が岡本補佐官と聞いたサマワ市評議会の要望が下地だ。
奥大使は、その時のやり取りを外務省のホームページの「イラク便り」に書いている。
「困っていることは何ですか?」と尋ねると、浄水プラントの老朽化、日本が円借款で建設協力した総合病院の設備老朽化、ゴミ収集の不十分さなどを訴えていました。
奥大使は昨年11月上旬にも、自衛隊員を伴ってサマワに入った。治安情勢を尋ねる奥大使に、評議会のファーリス・アジュミ議員(45)は「サマワは安全だから、聞くまでもない」と、胸を張った。
自衛隊に期待するファーリス議員だが、不満もある。「もっとスピードを上げてほしい」。その思いは、奥大使が「イラク便り」の中で強調した言葉と同じだ。
川口大臣にイラク情勢、日本としてどのような支援を行う必要があるのか、説明申し上げました。(外相は)「日本として何が1番重要ですか」と尋ねられ、私は迷わず「援助実施のスピードだと思います」とお答えしました。
佐藤隊長は昨年6月、政府調査団の一員として、奥大使とサマワを歩き、泊まったオランダ軍宿営地で、ラグビーのジャージーを着た奥大使と午前3時まで議論した。「外務省、自衛隊という小さな組織でなく、日本、世界全体のことを考えよう」と繰り返し訴えていたという。
「私の心の中には、イラク復興に強い情熱を持っていた奥大使の遺志がある。現地の人に溶け込もうとするやり方は、奥大使の姿を受け継いだものだ」と佐藤隊長は言う。 奥大使が夢見たイラクの復興。その支援活動がいよいよ始まる。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/33047.html