海軍とインドネシア 2
投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2004/02/26 16:03 投稿番号: [32878 / 118550]
▲インドネシア人に記憶されている日本語
バッキャロー・ヘイホ・ロームシャ・イアンフ
以下、『インドネシア
侵略と独立(アジアの声第13集)』(東方出版)より参照及び引用。
▲牧野海軍兵曹長(ババル島事件関連)の名はババル島住民にうとまれる存在で、いまだにその名前が覚えられている。ババル島占領は海軍特別警察隊。派遣小隊15人で島民の統制。きっかけはタバコの供出。
住民虐殺事件については中学教員が作った次の歌がある。
『1944年10月5日』(注:村井吉敬訳詞)
1.44年10月5日
日本が攻め入りエンプラワスを焼いた
人びとは山に逃げ遭難した
財産を悪どいスパイが盗んだ
本当に悲しくつらいこと
エンプラワスの村は戦争の囚われになった
2.700人を日本が消した
屍はティウィ川に投げ捨てられ
血が川に沿って流れた
みな日本時代の生け贄になった
3.子どもたちは放り上げられ
落ちてくるところを日本刀で刺された
自力で逃れた者もいた
森や藪の中をさまよった
どんなにつらく苦しみが増そうとも
涙がどんなにながれようとも
4.逃れ逃れ9ヶ月
大きな森の中で苦しみ
雨にも暑さにも飢えにも耐え
でも神様に導かれ
本当に悲しくつらいこと
エンプラワスの神は戦争の囚われになった
その事件は日本軍の師団ぐるみの隠蔽工作により、1946年のアンボン法廷では裁判にかけられなかったが、その後島民の告発により、1948年牧野元兵曹長がアンボンに送還。事件当時の第12中隊長、陸軍派遣小隊長、派遣憲兵隊長も収容所に収容されていたが、牧野だけは島民にとっての有名人だったため、言い逃れを放棄して、他の三人のために全責任を引き受け偽証。オランダへの敵愾心だけを残して処刑目前に自決。
島民への反省はなかったようだ。
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