対イラク武力行使

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

移民ヒスパニックの戦死−(3)

投稿者: need2003jp 投稿日時: 2004/02/06 15:34 投稿番号: [31756 / 118550]
  さて、話はスレアス一家の話に戻る。
  「この戦争は、石油利権の獲得が目的だった」と、フェルナンドは批判する。
  それでは、息子の戦死はどう受け止めればよいのか?
  「へススはテロリストと戦うことが目的と信じていた。決して無駄死にではない」と言い聞かせるように話す。
  息子の死後、フェルナンドは店員の仕事を辞めて平和運動を始めた。米国内外で講演し、イラクからの米軍撤退を訴えている。
  2003年12月には約1週間、仲間とイラク入り。戦争で荒廃した病院や学校を視察するかたわら、へススが戦死したバグダッド南方の土地も訪れた。全米の子どもたちから募集した手紙約4000通を持参、各地で手渡した。イラクの子どもたちには「友達になろう」と呼びかけ、米兵宛には「無事に帰ってきて」という内容が書かれている。
  バグダッド郊外の刑務所を警備する若い軍曹に手紙を渡そうとして乱暴に突き返された。フェルナンドは、軍曹がヒスパニックだと気づき、「おまえは同胞の恥だ。手紙を書いてくれた子どもたちと私の息子を侮辱した」とスペイン語でまくし立て、立ち去った。
  しばらくして、その軍曹はフェルナンドを追いかけて、駐車場にやってきた。
  「(米軍襲撃が頻発し)いつも気持ちが張り詰めているもので失礼しました。手紙を下さい」
  へススらの死を自らの立場に重ねたのか、軍曹は手紙を読んで泣きだした。
  へススにとって、米国とは何だったのか?
  「息子は自分を、(14〜16世紀にメキシコ地方に栄えた)アステカ王国の戦士と呼んでいた。一方で米国の文化を尊重していた。今となっては、本当の気持ちは分からない」
  フェルナンドは、ゆっくりと首を振った。

  さて、グリーンカードの由来と米国籍取得の現状を、ちょっと話しておきたい。
  グリーンカードとは、米国永住を希望する外国人に米国政府が発行する移民ビザのことである。第2次世界大戦に発行が始まった同ビザの保有証明カードが当初、緑色だったことにちなむ(現在はピンク色)。   このグリーンカードを取得すれば、永住権を保証され、選挙権以外ほとんど米国民と同等の権利が得られ、就労も可能である。納税の義務も生じ、10年毎の更新が必要とされる。
  米国民と結婚していたり、特殊技能を持っていることなどが、グリーンカード取得の条件。米国政府は、1991年から移民の少ない国を対象に抽選方式も導入した。取得後、通常は5年経過すれば市民権(米国籍)の申請資格が得られるが、2001年9月の米中枢同時テロ以降、審査が厳格になり、市民権取得は難しくなった。(終わり)
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)