皮相な共産主義批判
投稿者: masajuly2001 投稿日時: 2004/01/31 19:19 投稿番号: [31398 / 118550]
カリフォルニアの青い空の下の深窓のご令嬢が、大学であの程度のことを習っていたとするなら、よほどアメリカの大学の程度は低いのだろう。少なくとも政治学については。
社会をある一部で切り取って、共産主義がどうだとか、資本主義どうだとか言っても何の意味もない、と俺は思う。その土地土地の社会経済政治体制の歴史的な流れを分析する必要がある。そもそも、社会/共産主義体制が生まれた国というのはどういうところか。旧ソ連にしても、現在の中国にしても、その体制ができる前はどうであったのか。元々、農業中心の小作でかなりの割合の人々が食うや食わずの状態だったのではないか?そういうところで、社会/共産主義体制は生まれたのではないか?だから、想像するに、食うや食わずの人が地主や領主に自分の作ったモノを取られるよりは、最終的には建前上であれ、他の人と分け合う制度の方がいいと考えたのではないか?少なくとも、アメリカという恵まれた土地に来て、頑張ればどうにかなるという土地とはまるで違うのだ。
どんな制度であれ、力だけで制度を押し通すことは不可能だ、と俺は思う。その制度がいいと思う人たちがそれなりに存在しなければならない。そういう人たちの思いを考慮せず、共産主義がどうだとか言っても何の意味もない。そうしたことを考慮した上で、なぜ体制が硬直し、腐敗してしまうのかを考える必要がある。でも、硬直し腐敗することは、共産主義だろうと、資本主義だろうと関係ない。時間がたちチェックする仕組みがなければ、どんな社会もいずれそうなる。日本もそんなところだ。アメリカももうすぐだろう。いや、親子二代の大統領が生まれるようじゃ、すでにそうかもしれない。日本の外務省のように、甘い汁を吸える部門では、アメリカでもすでにその兆候が出ていることだろう。余程しっかりした考えがない限り、濡れ手に粟で良い生活ができれば、誰だってそっちの方に傾くに決まっている。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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