>>>悲しすぎる・・・。
投稿者: moriya99 投稿日時: 2004/01/27 10:45 投稿番号: [31061 / 118550]
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しかし、国旗・国歌に反対する教員が生徒に国旗掲揚を卑しい行為だとか、国歌を歌わないようだとか、指導したり強要することがあってはならないから、規則を作ってるわけです。そもそも教育現場で、混乱を起こしてなにがうれしいわけ?
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この人たち、滅びますよ。すでに、学校は荒れ放題…。おまけに学力まで落ちている。子供たちは教師を尊敬しない。
国旗、国歌の問題じゃないですよ。
世間知らずのまま、狭い世界で理屈を捏ねてきてツケですね。
子供を良くしようとしたら、まず、国が良くないとね。勉強した先輩が尊敬できないとね。勉強すれば、人間はあんなに立派になれるんだ、豊に生きられるのだ。それが基本にないとね。
勉強しようがしまいが、個人の自由だ、になってしまう。そうなると、国歌、国旗も強制が必要になる。反対する子供の未成熟、PTAの世間知らずに振り廻されることになる。馬鹿の正論に振り回されたり。困り果てると、規則、強制問題ですか。井の中の蛙すぎるんですよ。
それに政府も靖国問題に代表されるように、訳の分からないことをやっている。信念がないんですよ。人を気にして右往左往…。正しいと思ったら、困難があっても断固として通すということがない。それに提灯をつけて、学校の現場でああでもない、どうでもない。
そこから改めないないと…。
だが、子供はこんな世の中を生きなければならない。混乱もまた、現実…。学校生活時代から訓練ですかね。これを解決していくのも、子供たちですかね。ま、家庭教育が如何に大事かですね。
外国にいるとき、私は日の丸を掲げた方がいいな、と思うときは、掲げますし、拙いな、と思うときは、止めますけど…。別に優越感も劣等感ももっていないですけど…。
日の丸って似た国旗がなくて便利ですよ。
基本は親ですよ。教育は親しかできない。学校の力を借りるのも、友人、身内、知識社会の力を借りるのも、親の才覚でコントロールできないとね。
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その姿を生徒は見ているわけですよ。日本人であることが恥ずかしい気持ちを植付けることが教育ではないでしょ。
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拉致問題で、これは分かったでしょう。金を絞りとるために、言いたい放題、やりたい放題の人と手を組んだ結果のツケがどんなに大きいか。足元にポッカリ穴が開いていた。
人権問題と錯覚してやってきた馬鹿が、自分の姿を鏡でみることになりましたね。
第二次大戦とのとき、それまで受けた教育が否定され、価値観がひっくり返ったのを経験したのが、田原総一郎の世代ならば、第二の価値観の転覆を子供たちは経験しているかも…。
武器を取らない、と自分を卑下するのとは違うでしょう。教師って、何か、家庭に問題のある人の集団なんですかね。一次的集団に不満のある人間は、何かというと偏り、過激になりますけどね。何か、そんな人が多い集団に見えますね。戦争に防ぐのに、偏った人間のままでは、とんでもないツケがきますね。大体、国旗問題に教師が口を出すのが僣越かも知れない。
日本人であると同時に、日本人のアイディンティティをしっかり持っていると同時に、世界にも責任を持つ、という人間しか生き残れないかも知れない時代に、国歌、国旗の問題は痛いですね。一国にとじ菰って国威発揚をやって生きていける時代じゃない。
国際人か日本人か、じゃないですね。日本人としてしっかり自分を確立してないと、国際人にはなれない。そのことがどうも、よく分かっていない問題にも見えますね。
学校は、読み書きの基礎を教えるところ。それをどう活かしていくかは、家庭の責任…。国旗だの国歌じゃなく、子供の人権の旗でも揚げたらどうですかねえ。
国家の問題は、大人になって考える。
一度、原点に帰るというのはどうですかね。親も実利を求めて、いい学校じゃ情けない。学問は実利を求めるものじゃない。勉強も同じ。それを基礎にして豊な人間になり、それを資本に豊に働き、豊かな技術を身につけ豊に生きるという原点も見直さないと…。大学まで出ても、そんなに大学卒の職場はない。
現に技術を身につける専門学校が隆盛なのは、それに気がついている親や若い人も多いのかも…。現実の方が進んでいるのかも…。
しかし、国旗・国歌に反対する教員が生徒に国旗掲揚を卑しい行為だとか、国歌を歌わないようだとか、指導したり強要することがあってはならないから、規則を作ってるわけです。そもそも教育現場で、混乱を起こしてなにがうれしいわけ?
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この人たち、滅びますよ。すでに、学校は荒れ放題…。おまけに学力まで落ちている。子供たちは教師を尊敬しない。
国旗、国歌の問題じゃないですよ。
世間知らずのまま、狭い世界で理屈を捏ねてきてツケですね。
子供を良くしようとしたら、まず、国が良くないとね。勉強した先輩が尊敬できないとね。勉強すれば、人間はあんなに立派になれるんだ、豊に生きられるのだ。それが基本にないとね。
勉強しようがしまいが、個人の自由だ、になってしまう。そうなると、国歌、国旗も強制が必要になる。反対する子供の未成熟、PTAの世間知らずに振り廻されることになる。馬鹿の正論に振り回されたり。困り果てると、規則、強制問題ですか。井の中の蛙すぎるんですよ。
それに政府も靖国問題に代表されるように、訳の分からないことをやっている。信念がないんですよ。人を気にして右往左往…。正しいと思ったら、困難があっても断固として通すということがない。それに提灯をつけて、学校の現場でああでもない、どうでもない。
そこから改めないないと…。
だが、子供はこんな世の中を生きなければならない。混乱もまた、現実…。学校生活時代から訓練ですかね。これを解決していくのも、子供たちですかね。ま、家庭教育が如何に大事かですね。
外国にいるとき、私は日の丸を掲げた方がいいな、と思うときは、掲げますし、拙いな、と思うときは、止めますけど…。別に優越感も劣等感ももっていないですけど…。
日の丸って似た国旗がなくて便利ですよ。
基本は親ですよ。教育は親しかできない。学校の力を借りるのも、友人、身内、知識社会の力を借りるのも、親の才覚でコントロールできないとね。
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その姿を生徒は見ているわけですよ。日本人であることが恥ずかしい気持ちを植付けることが教育ではないでしょ。
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拉致問題で、これは分かったでしょう。金を絞りとるために、言いたい放題、やりたい放題の人と手を組んだ結果のツケがどんなに大きいか。足元にポッカリ穴が開いていた。
人権問題と錯覚してやってきた馬鹿が、自分の姿を鏡でみることになりましたね。
第二次大戦とのとき、それまで受けた教育が否定され、価値観がひっくり返ったのを経験したのが、田原総一郎の世代ならば、第二の価値観の転覆を子供たちは経験しているかも…。
武器を取らない、と自分を卑下するのとは違うでしょう。教師って、何か、家庭に問題のある人の集団なんですかね。一次的集団に不満のある人間は、何かというと偏り、過激になりますけどね。何か、そんな人が多い集団に見えますね。戦争に防ぐのに、偏った人間のままでは、とんでもないツケがきますね。大体、国旗問題に教師が口を出すのが僣越かも知れない。
日本人であると同時に、日本人のアイディンティティをしっかり持っていると同時に、世界にも責任を持つ、という人間しか生き残れないかも知れない時代に、国歌、国旗の問題は痛いですね。一国にとじ菰って国威発揚をやって生きていける時代じゃない。
国際人か日本人か、じゃないですね。日本人としてしっかり自分を確立してないと、国際人にはなれない。そのことがどうも、よく分かっていない問題にも見えますね。
学校は、読み書きの基礎を教えるところ。それをどう活かしていくかは、家庭の責任…。国旗だの国歌じゃなく、子供の人権の旗でも揚げたらどうですかねえ。
国家の問題は、大人になって考える。
一度、原点に帰るというのはどうですかね。親も実利を求めて、いい学校じゃ情けない。学問は実利を求めるものじゃない。勉強も同じ。それを基礎にして豊な人間になり、それを資本に豊に働き、豊かな技術を身につけ豊に生きるという原点も見直さないと…。大学まで出ても、そんなに大学卒の職場はない。
現に技術を身につける専門学校が隆盛なのは、それに気がついている親や若い人も多いのかも…。現実の方が進んでいるのかも…。
これは メッセージ 31056 (baka_terorist さん)への返信です.
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