対イラク武力行使

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わたしのcounter principleその2

投稿者: grokworkdoll 投稿日時: 2004/01/10 23:31 投稿番号: [29947 / 118550]
■承前

あえて乱暴に揶揄させていただくならば、

報復賛成派は、その主張に説得力をもたせるためにも、恐怖を巻き散らすべきではない。みえないテロの恐怖を喧宣し、そのヒステリーを武力行使の熱源として利用してはならない。人間が成しうる最善の思考と判断によって、武力行使の意義を裏付けなければならない。その覚悟、責任をともなわないのなら、それはヒステリーであり、必然的に狂気に回収される虚ろな毒である。

同様の理由において、報復反対派は憎悪を巻き散らすべきではない。史上最高の虐殺記録を更新し続けるアメリカへの憎悪を掻きたて、憎悪を熱源として戦争反対を唱えるべきではない。熱によってではなく、理性によって武力行使の無意味さ、残虐性を明らかにしなければならない。その知的作業をすっぽ抜かして想像される平和への祈りなど、虚ろな夢である。

恐怖も憎悪も、戦争の一部だ。戦争は戦闘行為だけをさすのではなく、メディア、大衆の意識、個々人の意識において生成される「戦争状態」、あるリアリティなのだ。「戦争状態」を前提にしてはならない。それは朦朧であり、理性の、文明の敗北に他ならない。

急襲を受け、メンツと陰謀と闘争本能(そして一般市民の悲嘆と不安)の渦中にあるアメリカ、すでに戦争状態にあるアメリカに「冷えろ」といっても無理である。またアメリカへの純粋憎悪にもとづいて行動するテロリストたちに「殺すな」といっても無理である。
最も注意深く回避しなければならないのは、多くの善良なイスラム市民の「発熱」であり、その事態の誘発がテロリストの次なる設定目標であることはいうまでもない。

さて、我々日本人はどうか。我々は「発熱」しているか?
様々な複雑な要因によって、我々は熱にうなされる1段階前にいると思う。

ひとつには被爆国、敗戦国として、そして平和憲法を掲げ奇蹟的な経済発展を遂げた研ぎ澄まされた知性として、アメリカの熱に対してある違和感、距離感が(よくもわるくも)感ぜられているといえるだろう。

さらにひとつには、平和ぼけと揶揄されるような「戦争状態」への圧倒的な想像力不足、リアリティ欠如があるだろう。

しかし今、このコーナーに寄せられる市民の声には、あたかもその「発熱未満」状態をこそ、下品なカリカチュアによって「無知」「無関心」「平和ぼけ」と単純化され、また興奮のはけ口として攻撃するような、なんともいいようのない「熱」に、立場の区別なく巻き込まれていくような前兆が感じられる。

そして、これこそが「戦争」なのだ。
個々人の意識が「戦争」を断固拒否すること、「戦争状態」からの脱却こそが、報復反対/賛成、親米/反米、双方の立場にとって必要な議論と主張の前提条件であることを確認していただきたい。
メディアも、市民も、戦争に汲みしてはならない。戦争に巻き込まれてはならない。
パブリックな場で個々人が意見を主張できるこの幸運を、戦争熱で汚してはならない。
インターネットという非直線的な、多次元的なメディア空間/思考空間を、硬直した恐怖と憎悪の循環回路としてはならない。

戦争という狂気の熱に、屈服してはならない。たとえ世界が屈服してもだ。
我々日本人は、そういう視点を持ちうる希有なエスニックグループなのだ。

■転載終わり
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