希望の光
投稿者: assaraamaaleicomn 投稿日時: 2003/12/31 04:34 投稿番号: [29551 / 118550]
インドに行ったときに、たくさんの人がいましたが、あそこのカーストの下の人(路上生活者とか、)というのは、結構大変だと感じました。なんというか、活力というかそういうものが無くて、無気力で精気がなくて、・・・ずっとイギリスの統治が長いせいと、国内からも差別され虐げられ続けている人達は、こういう風になってしまうのかなあ・・・?と思うほど、形容しがたいほどの悲しい感じがしました。・・・勿論外部からの目に過ぎませんが。
「したたか」に生き残っているのには違いがありませんが、彼らが身に付けているのは、自分がいかに貧しいか?を演技する力と、その演技によって、より裕福な人からバクシーシをもらい生活すること。
多分日露戦争によって、日本が勝ったということを聞いて、ネールがロンドンで感動して、「アジアの可能性」を力強く実感して勇気づけられたのも、こういう閉塞感の中にアジアがあったことを実感していて、その打開を考えていた丁度その刹那であったからだと思います。
人間にはある種の誇りというか、将来に対する希望の光というか、可能性の実感というようなものがやっぱり必要なのだと思います。
征服者の論理は書物にたくさんどこでも書いているが、被征服者、弱者の論理、感情は滅多にそれを書いた物を見ることは出来ません。つまりお勉強のできる人は、どういう訳か、自分と全く違う立場であるはずの征服者の論理には、普段書物の中で接するので非常に寛容で、その視点での理解ある発言はできるが、自分の所属している筈の弱者からの視点については、内面の洞察をも含めて、その観察、理解は、はなはだ心もとないと感じます。
>今、イラクで米国が行っている政策はこのセオリー通りにやってますよ。
かつての征服者と違う点で、大きく不足しているのは、その「動機」においての視点です。大義名分ともいいますが、これに関して、そのセオリーを無視すると、その征服事業の根底から否定されうるということではないでしょうか?
ナチスドイツもナポレオンも、帝政ロシアも、帝国日本も、それによって指示を失い敗退していったのではないでしょうか?
勿論これは、別に真実である必要はないのであって、要するに傍観者や、被征服者が納得するものであればいいわけですが。今回にはそれがありません。・・・まあこんなことはいわないでも解っているのでしょうが・・・(~_~;)
>だからといって、理想論に走る人をとがめはしませんが。
>大多数になると、マッカーサーの言じゃないけど、餓鬼の国家に戻りそうで心配だけど。
このことは、こういう掲示板で意見として、権力の無い市民が語ることにはなんら反論も持ちませんし貴重な一つの意見として尊重しますが、例えば、参議院議員の山本某氏とかが、「国益国益」といいながら、「全ての国民にとっての国益」がまるで存在するかのように連呼しながら、その個人的意見を全体に置き換えて、ポチになることを許容させようとしている行為には、それが実際に権力をもって、国策として実行しうる立場にいる人間であるということにおいて、非常に唾棄すべき行為であり、嫌悪・欺瞞を感じてしまいます。
今現在の日本人にとって必要なのは、人間として、国家としての「自立」を確保することであると口先でいいながらそのための軍備増強、行使を容認する一方で、それとは全く逆の、アメリカの追従、ポチたる現実を容認する、つまり「依存」の方向へと、全くの詭弁で国政を運用していることには、本当に頭に来る。・・・しかし、小泉支持者が極端に減らないことには、こういう輩はいなくならないだろうと思うとなお悲しい・・。
アメリカが、征服者として、日本に対して搾取し、統治しようと考えることは、もう長すぎる感もあるが、しかしそういう気持ちはわからないでもない。しかし、餓鬼の国にならないために、誰よりも一生懸命働いてきて、なお搾取されることを国益というのには納得できない。私が知っているだけで、こういう不平等条約の元、40年以上も我慢し続けてきたのに、状況は一向に変わらないにも関わらず、まだこれまで以上に譲歩して逆らわないことが「国益」だとするのならば、それは既に「政治の無能」の所為ではないだろうか?
「したたか」に生き残っているのには違いがありませんが、彼らが身に付けているのは、自分がいかに貧しいか?を演技する力と、その演技によって、より裕福な人からバクシーシをもらい生活すること。
多分日露戦争によって、日本が勝ったということを聞いて、ネールがロンドンで感動して、「アジアの可能性」を力強く実感して勇気づけられたのも、こういう閉塞感の中にアジアがあったことを実感していて、その打開を考えていた丁度その刹那であったからだと思います。
人間にはある種の誇りというか、将来に対する希望の光というか、可能性の実感というようなものがやっぱり必要なのだと思います。
征服者の論理は書物にたくさんどこでも書いているが、被征服者、弱者の論理、感情は滅多にそれを書いた物を見ることは出来ません。つまりお勉強のできる人は、どういう訳か、自分と全く違う立場であるはずの征服者の論理には、普段書物の中で接するので非常に寛容で、その視点での理解ある発言はできるが、自分の所属している筈の弱者からの視点については、内面の洞察をも含めて、その観察、理解は、はなはだ心もとないと感じます。
>今、イラクで米国が行っている政策はこのセオリー通りにやってますよ。
かつての征服者と違う点で、大きく不足しているのは、その「動機」においての視点です。大義名分ともいいますが、これに関して、そのセオリーを無視すると、その征服事業の根底から否定されうるということではないでしょうか?
ナチスドイツもナポレオンも、帝政ロシアも、帝国日本も、それによって指示を失い敗退していったのではないでしょうか?
勿論これは、別に真実である必要はないのであって、要するに傍観者や、被征服者が納得するものであればいいわけですが。今回にはそれがありません。・・・まあこんなことはいわないでも解っているのでしょうが・・・(~_~;)
>だからといって、理想論に走る人をとがめはしませんが。
>大多数になると、マッカーサーの言じゃないけど、餓鬼の国家に戻りそうで心配だけど。
このことは、こういう掲示板で意見として、権力の無い市民が語ることにはなんら反論も持ちませんし貴重な一つの意見として尊重しますが、例えば、参議院議員の山本某氏とかが、「国益国益」といいながら、「全ての国民にとっての国益」がまるで存在するかのように連呼しながら、その個人的意見を全体に置き換えて、ポチになることを許容させようとしている行為には、それが実際に権力をもって、国策として実行しうる立場にいる人間であるということにおいて、非常に唾棄すべき行為であり、嫌悪・欺瞞を感じてしまいます。
今現在の日本人にとって必要なのは、人間として、国家としての「自立」を確保することであると口先でいいながらそのための軍備増強、行使を容認する一方で、それとは全く逆の、アメリカの追従、ポチたる現実を容認する、つまり「依存」の方向へと、全くの詭弁で国政を運用していることには、本当に頭に来る。・・・しかし、小泉支持者が極端に減らないことには、こういう輩はいなくならないだろうと思うとなお悲しい・・。
アメリカが、征服者として、日本に対して搾取し、統治しようと考えることは、もう長すぎる感もあるが、しかしそういう気持ちはわからないでもない。しかし、餓鬼の国にならないために、誰よりも一生懸命働いてきて、なお搾取されることを国益というのには納得できない。私が知っているだけで、こういう不平等条約の元、40年以上も我慢し続けてきたのに、状況は一向に変わらないにも関わらず、まだこれまで以上に譲歩して逆らわないことが「国益」だとするのならば、それは既に「政治の無能」の所為ではないだろうか?
これは メッセージ 29550 (baka_terorist さん)への返信です.
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