moriyaさんのご意見に同意いたします。
投稿者: assaraamaaleicomn 投稿日時: 2003/12/25 22:38 投稿番号: [29433 / 118550]
moriyaさんのご意見に同意いたします。
以下の文章は、今年の11月9日に書いた物ですが、宜しかったらお読み下さい。
*************************
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835217&tid=a5a4a59a5ia5e065a4ca4fa4ia4a6a4a4a4a 6bda165a4ja4n&sid=1835217&mid=33
閑話休題
2003/11/ 9 15:13
メッセージ: 33 / 79
投稿者: assaraamaaleicomn
現代の風潮は、憲法改正を納得し、いわゆる護憲派による考え方を、「古い」の一言で否定する。
戦争経験者の反省と拒絶反応の上に立ち、自衛隊を否定し、武力を否定する、年を追うごとに徐々に少数派になりつつある国民の意志に対して、
「では北朝鮮が攻めてきたらどうするのか?」
と次々と仮想の敵をひねり出しては常に解答を迫り、それに、
「自分の家族が殺されようとしたときには、命を懸けて自らの出来うる全ての抵抗を試みて戦うが、非武装、無抵抗は、一つのイデオロギーになりうる。世界的な視野で、日本が必要欠くべからざる重要な国家でありさえすれば、たとえ無抵抗であったとしても、日本を必要とする国の利益という大義によってその侵略は阻止されるであろう。人間としての理性というものを信じるのであれば、この毅然とした無抵抗の犠牲の繰り返しによって、遠い将来に武力による侵略は、徐々に世界的な支持、有用性を失う方向に向かうはずである。その途上での日本の犠牲は、その理想が成就した暁には、輝かしい理想を掲げて、世界平和のために文字通り、命を張って守り通した崇高な民族である。と言う評価が下されることであろう。」
と護憲側が答えれば、
「こんな妄想的な現実感の無い論理のもとには、近代国家は成立しえない。今の日本には、責任政党となりうる政策、もっと現実味のある、国民を犠牲にしない国益になりうる政策論をするような政党が要求されているのだ。」
ともっともらしい事を言う。・・・しかし、
「今現在、イラクに派遣される自衛隊員は、全員遺書を書いており、自分たちがイラク人を殺すことは、いかなる理由においても憲法違反であり、直接的にイスラム圏の反感を日本に引き入れてしまう(つまり日本にとっての不利益)という結果にもつながりかねない。また政府そのものに、その自衛隊員を身分として保証するようないかなる国内外の政治的な同意を得ないまま、戦地に送り込むわけであるから、私たち(自衛隊員)はただ黙して、無抵抗のまま死ぬという覚悟で、戦地に赴かざるを得ない。」(大意)
と、ここまで、結果的には自衛隊員にのみ、その犠牲を強い、死を強要する政党は、結局、その東洋的な哲学(死をもって義を通すという)の範囲から何も踏み出しているものではないと感じてしまう。
※ 何が現代だ、何が古いだ、何が責任だ、結局国民全体の問題を先送りして、その犠牲を生真面目な自衛隊員という少数派に強いているだけの、ごまかしであり、弱い者いじめじゃないか?護憲派と何が違うのか?
※ その自衛隊員の犠牲と、軍事力での支配を最終目的とする国家の元でしか成り立たない「日本の主権」とは、「国益」とは一体何なのであろうか?そして、それを支持する「国民」とは何か・・・?
以下の文章は、今年の11月9日に書いた物ですが、宜しかったらお読み下さい。
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閑話休題
2003/11/ 9 15:13
メッセージ: 33 / 79
投稿者: assaraamaaleicomn
現代の風潮は、憲法改正を納得し、いわゆる護憲派による考え方を、「古い」の一言で否定する。
戦争経験者の反省と拒絶反応の上に立ち、自衛隊を否定し、武力を否定する、年を追うごとに徐々に少数派になりつつある国民の意志に対して、
「では北朝鮮が攻めてきたらどうするのか?」
と次々と仮想の敵をひねり出しては常に解答を迫り、それに、
「自分の家族が殺されようとしたときには、命を懸けて自らの出来うる全ての抵抗を試みて戦うが、非武装、無抵抗は、一つのイデオロギーになりうる。世界的な視野で、日本が必要欠くべからざる重要な国家でありさえすれば、たとえ無抵抗であったとしても、日本を必要とする国の利益という大義によってその侵略は阻止されるであろう。人間としての理性というものを信じるのであれば、この毅然とした無抵抗の犠牲の繰り返しによって、遠い将来に武力による侵略は、徐々に世界的な支持、有用性を失う方向に向かうはずである。その途上での日本の犠牲は、その理想が成就した暁には、輝かしい理想を掲げて、世界平和のために文字通り、命を張って守り通した崇高な民族である。と言う評価が下されることであろう。」
と護憲側が答えれば、
「こんな妄想的な現実感の無い論理のもとには、近代国家は成立しえない。今の日本には、責任政党となりうる政策、もっと現実味のある、国民を犠牲にしない国益になりうる政策論をするような政党が要求されているのだ。」
ともっともらしい事を言う。・・・しかし、
「今現在、イラクに派遣される自衛隊員は、全員遺書を書いており、自分たちがイラク人を殺すことは、いかなる理由においても憲法違反であり、直接的にイスラム圏の反感を日本に引き入れてしまう(つまり日本にとっての不利益)という結果にもつながりかねない。また政府そのものに、その自衛隊員を身分として保証するようないかなる国内外の政治的な同意を得ないまま、戦地に送り込むわけであるから、私たち(自衛隊員)はただ黙して、無抵抗のまま死ぬという覚悟で、戦地に赴かざるを得ない。」(大意)
と、ここまで、結果的には自衛隊員にのみ、その犠牲を強い、死を強要する政党は、結局、その東洋的な哲学(死をもって義を通すという)の範囲から何も踏み出しているものではないと感じてしまう。
※ 何が現代だ、何が古いだ、何が責任だ、結局国民全体の問題を先送りして、その犠牲を生真面目な自衛隊員という少数派に強いているだけの、ごまかしであり、弱い者いじめじゃないか?護憲派と何が違うのか?
※ その自衛隊員の犠牲と、軍事力での支配を最終目的とする国家の元でしか成り立たない「日本の主権」とは、「国益」とは一体何なのであろうか?そして、それを支持する「国民」とは何か・・・?
これは メッセージ 29432 (moriya99 さん)への返信です.
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