対イラク武力行使

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>驚愕すべき仮説 2

投稿者: eldragon88 投稿日時: 2003/09/09 20:06 投稿番号: [27078 / 118550]
日本の真珠湾攻撃の引き金になったと言われるハル・ノート。いわゆる、日米協定案として、米国務長官だったハルによって、駐米大使の来栖、野村に突きつけられたアメリカ案
だが、その英文のニュアンスを日本は最後通牒と受け止めたことで日米開戦に至ったという歴史検証がある。当時、日本はアメリカを海軍の仮想敵国と見なし、警戒を強めていたが、その敵国の政治体制や戦略思考に対して十分に研究分析していたとは言い難い。そのために、アメリカが提示した協定案の微妙なニュアンスや表現に対して十分な思考を巡らせるという手続きを経ずに結論を急いだ。その協定案には、確認して質すべき項目があったはずだと研究者は指摘する。その時点で、アメリカは既に日本の暗号解読を済ませており、実質的には日本の手の内を見透かした状態で交渉に挑んでいたわけである。
英首相のチャーチルは、日本がハル・ノートを最後通牒として受け取り、開戦に及んだことを知って「これで連合軍は勝利した」と喜んだそうである。
極東アジアの強国として恐れられた日本の、その後の運命は我々の人生に投影されたものとして、実感を共有してきたはずである。
日本は、軍事戦略以前に、外交戦略で敗北を喫していたのだろう。そして、その敗北は
今なお引きずっている。

英語のニュアンスの解釈に関して、記憶に新しいのは”ショー・ザ・フラッグ”だろう。
これも、駐米大使(外務省)を通じて日本政府に伝えられた微妙な言い回しだ。外務省
は、これを「日本も艦旗を掲げよ」という解釈でもって、イージス艦の派遣など自衛隊
の海外派遣の外交的正当性として押し切った経緯がある。日本の政治体制にとっても、
極めて重大な案件となる自衛隊の海外派遣に際し、”ショー・ザ・フラッグ”という抽象的な表現だけで決断したのだとしたら、第二次大戦時と何ら変わらない短絡さのままで
ある。ましてや、現在は同盟国という関係であり、その意味の具体性を質すことは政治的
に重要な仕事だと言えるはずだ。

ペルー日本大使館占拠事件の時の、日本政府の対応、そして、アメリカの態度を検証すれ
ば、さらにその実相が浮き彫りになるように思う。最終的には、日系のフジモリ大統領の
強行手段で問題解決に至ったが、人質無事解放という朗報の裏で、政治的には多くの問題
が浮かび上がったに違いない。
その時の残像として、フジモリ大統領失脚後に、日本政府はペルー政府からの要請にも応えずフジモリ氏の引き渡しを拒んでいるという現状がある。
これら、ひとつひとつの出来事を糸で紡いでいけば、日本の外交能力がどのような水準で
あり、軸足をどこに置いているのか見えてくる。

鈴木宗男という下品な男に、実質的に牛耳られていたという実態から見ても、日本の外務省の仕事ぶりは推して量れるというものだ。
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