>>フセインによる粛清の犠牲者は?
投稿者: akaoki2001 投稿日時: 2003/04/21 00:44 投稿番号: [25482 / 118550]
>例えば、どこかの国が、飛躍的に道徳観念を発達させ、警官が犯人を射殺するのも許せない、死刑が有るのも許せない。野蛮な自動車文化で死人が毎日沢山出てるのも許せないとした上で、説得工作も無く、意味不明な「兵器所有」と言う理由でいきなり攻撃されたらどうします?
blue soundsさんのおっしゃる意味を確認させていただきたいのですが、イラクが、道徳観念が飛躍的に発達した国だと仮定してのことですか? だとすれば、イラクへの武力行使は考えられませんし、私も反対します。
私の疑問は、フセイン政権が恐怖政治を敷いていた(いる)という前提でのものです。質問をもっと明確にするとすれば、
「争い事は武力ではなく、話し合いによって解決するものである。独裁政治によって万が一犠牲者が出るかもしれないが、それはやむを得ない死(=名誉ある死)と見なされる」のようになります。
私は、選択肢としてこうした考え方も必要だと思うのですが、これはダメ? 不道徳ですか?
>少なくとも我々は警官の射殺も死刑も交通事故も止むを得ないと思ってる訳で、文化価値観の違いや内政に対し、他国が干渉すべきでは無いと言う立場を取りませんか?それとも貴方は喜んで攻撃を甘受しますか?
「攻撃を甘受する」かどうかは、自分が置かれていた状況によると思います。「フセイン政権が続くくらいなら、空爆で排除してほしい」と言ったイラク市民は、自分の生活に満足していなくて、(自分に被害が及ばないことを前提に)、それでもあえて、そう言ったのではないでしょうか。今の日本では、(自殺志願者以外に)そう思う人はほとんどいないのでは? 私もいやです。
「他国のことには干渉しない」。このほうが精神的には楽です。そうすれば、まずは自分や家族の生活を安定させることを最優先させて、余力があれば他国(他人)の福利厚生を考えるという意識で生活ができると思います(今とあまり変わりません)。ただ、そのためには、国を基本単位と考えたとして、「他国で重篤な人権弾圧があった場合でも、国際社会はあくまでも話し合いでの解決を目指し、武力による解決は排除する」という前提が必要になってくると思います。
イラクのインフラの破壊や反米運動などをみると、フセインへの説得があまり効果を発揮しなくても、話し合いを継続するほうがよかったのかなと思うこともあります。いかに不条理であろうとも、生まれた国や環境を受け入れ、不平等を憎しみに変えない。そして、自分や肉親に死が及んだとしても、反撃せずに相手を赦す。全人類がこれを実行すれば、世界平和も可能かもしれません。
blue soundsさんのおっしゃる意味を確認させていただきたいのですが、イラクが、道徳観念が飛躍的に発達した国だと仮定してのことですか? だとすれば、イラクへの武力行使は考えられませんし、私も反対します。
私の疑問は、フセイン政権が恐怖政治を敷いていた(いる)という前提でのものです。質問をもっと明確にするとすれば、
「争い事は武力ではなく、話し合いによって解決するものである。独裁政治によって万が一犠牲者が出るかもしれないが、それはやむを得ない死(=名誉ある死)と見なされる」のようになります。
私は、選択肢としてこうした考え方も必要だと思うのですが、これはダメ? 不道徳ですか?
>少なくとも我々は警官の射殺も死刑も交通事故も止むを得ないと思ってる訳で、文化価値観の違いや内政に対し、他国が干渉すべきでは無いと言う立場を取りませんか?それとも貴方は喜んで攻撃を甘受しますか?
「攻撃を甘受する」かどうかは、自分が置かれていた状況によると思います。「フセイン政権が続くくらいなら、空爆で排除してほしい」と言ったイラク市民は、自分の生活に満足していなくて、(自分に被害が及ばないことを前提に)、それでもあえて、そう言ったのではないでしょうか。今の日本では、(自殺志願者以外に)そう思う人はほとんどいないのでは? 私もいやです。
「他国のことには干渉しない」。このほうが精神的には楽です。そうすれば、まずは自分や家族の生活を安定させることを最優先させて、余力があれば他国(他人)の福利厚生を考えるという意識で生活ができると思います(今とあまり変わりません)。ただ、そのためには、国を基本単位と考えたとして、「他国で重篤な人権弾圧があった場合でも、国際社会はあくまでも話し合いでの解決を目指し、武力による解決は排除する」という前提が必要になってくると思います。
イラクのインフラの破壊や反米運動などをみると、フセインへの説得があまり効果を発揮しなくても、話し合いを継続するほうがよかったのかなと思うこともあります。いかに不条理であろうとも、生まれた国や環境を受け入れ、不平等を憎しみに変えない。そして、自分や肉親に死が及んだとしても、反撃せずに相手を赦す。全人類がこれを実行すれば、世界平和も可能かもしれません。
これは メッセージ 25465 (blue_sounds さん)への返信です.
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