雑文3
投稿者: anasazi_mesa 投稿日時: 2003/03/13 19:32 投稿番号: [250 / 118550]
雑文2の主旨は、
反戦論者と戦争容認論者の不毛な論戦の理由は、お互いが出発点としているもの
を、相手も同じはずだと誤解してしまうからだということでした。
こう考えてくると、建設的な議論をするための方法論がすこし見えてきますね。
つまり、反戦論者の「良心に訴える」または「相手に良心がないことをを非難す
る」主張は、同じ考えの人にのみ、有効であって、出発点の違う戦争容認論者に
は、論理の欠如としか思われないのです。戦争容認論者に反論するならば、論
理の一端を示して、反論しなくてはなりません。
逆の立場の戦争容認論者についてもいわないとフェアーでないのでいいますと、
戦争容認論者は、「相手を完璧に論破した」といって、自分は勝ったつもりにな
っても、相手は「負けた」とは思っていないのです。相手が「良心」に立ち返っ
てしまえば、話は振り出しに戻るだけです。反戦論者に反論するならば、相手の
良心を尊重した上で、反論しなければなりません。また、良心を踏みにじるよう
な発言も反論とは言えません。
このトピでの議論は今のところ、両者の議論が比較的冷静に行われていて、有意
義な発言もたくさんあります。今後もなるべく建設的な議論が続くことを期待し
ています。
軽い気持ちで始めた雑文ですが、最後はなんだかとても偉そうなことを言って
て、自分でもかなり恥ずかしいです。
始めに言ったように私は戦争容認論者なのですが、なるべく両者をフェアーに扱
うように気をつけて書きました。ところで、「反戦論者」と「戦争容認論者」と
いう二分法も、考えてみればあまりにも乱暴すぎます。その点は反省しています。
今となっては、一時は気まずい雰囲気になった友人とも、また打ち解けて話がで
きそうな気がしています。戦争の話はもうしないと思いますけど。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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