それは失礼しました。
投稿者: cyber_guerrilla2000 投稿日時: 2003/04/13 23:35 投稿番号: [24602 / 118550]
>国防に携わる者の「精神性」、つまり心構えに言及されたのだと思います。
結論から言えば私はまったくあなたと同感です。
これが
>>わたしは、下記のようにありたいものだ。
(あんたら外国人には理解できんやろうけど)
昭和17年6月1日、日本海軍がオ−ストラリア、シドニ−港に停泊中の艦艇に3隻の特殊潜航艇による魚雷攻撃を敢行、その内の松尾艇は、魚雷発射管が港内を潜航中、障害物に接触した際に発射不能となり、潜航艇頭部にある2本の魚雷を爆発させるため敵艦船に体当たりを敢行しようとしたが、4隻の哨戒艇からの攻撃により航行不能におちいり、拳銃にて自害を遂げる。
に対する同意かと思ったので国粋主義者の方かと思いました(笑)ちなみに私は過去数百年の明確な血統からも遺伝的にも日本人であることははっきりしておりますし、過去のいかなるスレッドにおいても外国人であると表明した事実はありません(笑)
こう言った内容に対した安易な同意は危険だと思います。遠く南半球のシドニーにおける攻撃によって彼らは何を守ったのでしょうか?地球の反対側の半球にいる家族?彼らを攻撃することによって日本国民に対するいかなる脅威を取り除こうとしたのですか?しかもファナティックな美学にのっとって攻撃力を失った後も自爆を狙ったあげくに自分の判断で部下の生命をも失わせ、自決。それを賞賛することこそが危険でそういった価値観を警察や自衛隊の人たちが持つのはさらに危険なのですよ!
沖縄戦のときに民間人が日本軍の防空壕にに保護を求めて行った際、日本軍は民間人の受け入れを拒否しました。そして更に戦況が悪化すると今度は民間人に自決を迫りました。しかしその行動はシドニーでの行動と同様の価値観の延長上にあります。シドニーで彼らが死なずに生き残ったらやはり沖縄の人に自決を強要したのでは?私は外国人ではないけれどその行動の価値は理解できません。自衛隊の人にそのような価値基準で行動して欲しくもありません。
去年アフガン攻撃を支援する為に出撃した海上自衛隊の乗員の奥さんにテレビでインタビューしていました。「あなたはあなたのご主人が国の為に死ぬことをどう思いますか?」本心かどうか知らないけどみんな「いやだ」とは言いませんでした。しかし戦争をしていた米兵は言いました「おれは国の為に戦う!だけど絶対死なない!」なんで日本のメディアの質問は「国のために戦う」=「国のために死ぬ」になってるの?そういうファナティックな伝統を引きずっている今の日本の自衛隊、警察は嫌いです。「だったらおまえのことなんて守んない」なんて言われるかもしんないけど、おれが税金払って食わしてやってんだから税金分は守れ!(笑)
市民革命のころのヨーロッパで警官がある時決起した民衆に向かって発砲を命じられました。しかし、その警官は上官からの命令に逆らって発砲しませんでした。そして彼はいいました「私の仕事は国民を守ることです。一部の権力者をまもることではありません。」儒教社会で上からの命令は絶対である日本ではありえないことですよね。でもこれこそが「国防にたずさわるものの心得」なんじゃないですか?
あなたが書いたことに対しての直接の反論から少しずれたことは否めません。すみません。しかし日本の国防意識や愛国心もこのくらい成熟したものでなければならないのでは?
結論から言えば私はまったくあなたと同感です。
これが
>>わたしは、下記のようにありたいものだ。
(あんたら外国人には理解できんやろうけど)
昭和17年6月1日、日本海軍がオ−ストラリア、シドニ−港に停泊中の艦艇に3隻の特殊潜航艇による魚雷攻撃を敢行、その内の松尾艇は、魚雷発射管が港内を潜航中、障害物に接触した際に発射不能となり、潜航艇頭部にある2本の魚雷を爆発させるため敵艦船に体当たりを敢行しようとしたが、4隻の哨戒艇からの攻撃により航行不能におちいり、拳銃にて自害を遂げる。
に対する同意かと思ったので国粋主義者の方かと思いました(笑)ちなみに私は過去数百年の明確な血統からも遺伝的にも日本人であることははっきりしておりますし、過去のいかなるスレッドにおいても外国人であると表明した事実はありません(笑)
こう言った内容に対した安易な同意は危険だと思います。遠く南半球のシドニーにおける攻撃によって彼らは何を守ったのでしょうか?地球の反対側の半球にいる家族?彼らを攻撃することによって日本国民に対するいかなる脅威を取り除こうとしたのですか?しかもファナティックな美学にのっとって攻撃力を失った後も自爆を狙ったあげくに自分の判断で部下の生命をも失わせ、自決。それを賞賛することこそが危険でそういった価値観を警察や自衛隊の人たちが持つのはさらに危険なのですよ!
沖縄戦のときに民間人が日本軍の防空壕にに保護を求めて行った際、日本軍は民間人の受け入れを拒否しました。そして更に戦況が悪化すると今度は民間人に自決を迫りました。しかしその行動はシドニーでの行動と同様の価値観の延長上にあります。シドニーで彼らが死なずに生き残ったらやはり沖縄の人に自決を強要したのでは?私は外国人ではないけれどその行動の価値は理解できません。自衛隊の人にそのような価値基準で行動して欲しくもありません。
去年アフガン攻撃を支援する為に出撃した海上自衛隊の乗員の奥さんにテレビでインタビューしていました。「あなたはあなたのご主人が国の為に死ぬことをどう思いますか?」本心かどうか知らないけどみんな「いやだ」とは言いませんでした。しかし戦争をしていた米兵は言いました「おれは国の為に戦う!だけど絶対死なない!」なんで日本のメディアの質問は「国のために戦う」=「国のために死ぬ」になってるの?そういうファナティックな伝統を引きずっている今の日本の自衛隊、警察は嫌いです。「だったらおまえのことなんて守んない」なんて言われるかもしんないけど、おれが税金払って食わしてやってんだから税金分は守れ!(笑)
市民革命のころのヨーロッパで警官がある時決起した民衆に向かって発砲を命じられました。しかし、その警官は上官からの命令に逆らって発砲しませんでした。そして彼はいいました「私の仕事は国民を守ることです。一部の権力者をまもることではありません。」儒教社会で上からの命令は絶対である日本ではありえないことですよね。でもこれこそが「国防にたずさわるものの心得」なんじゃないですか?
あなたが書いたことに対しての直接の反論から少しずれたことは否めません。すみません。しかし日本の国防意識や愛国心もこのくらい成熟したものでなければならないのでは?
これは メッセージ 24581 (suppaidaaman000 さん)への返信です.
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