valcan4jp様へ
投稿者: jepensequeje 投稿日時: 2003/04/02 12:42 投稿番号: [18810 / 118550]
前にも書きましたが、この話題はこの板の主題から大きくずれる
で心苦しいのですが、あなたが問いかけをなさっている以上、
お答えしておいたほうがいいと思います。
>一つお聞きしたい事があります。あなたの大切な人があなたの
目の前で虐殺された時、あなたの行動はどのような形を取るので
しょうか。戦う事もせず、逃げて命乞いをするのでしょうか。
たぶん戦うでしょう。しかしそれは、国家が私に戦え、死ねと
言ったからではない、ということも言い添えておきます。
>尚、「犬死」という表現は正式に謝罪すべきだと思います。父祖の血
の上に私達は安穏と平和を享受出来るのですから。私達は感謝しこそすれ、
悪し様に言う権利はありません。
死者の尊厳を侮辱するつもりはありません。私が犬死という表現を
括弧付きで使ったのはそのためです。
「犬死」という表現が適切でないならば、彼らは国家によって
消耗品として使い捨てにされた、ということです。
たぶんあなたと私の見解の相違は、国家観の相違に帰着すると思います。
だいぶ以前にどなたかが書かれていましたが、近代の産物である
国民国家は「怪物」です。私たちは国家から多大な恩恵を受けて
いますが、その反面、国家は時として自己保存のために国民に命を
投げ出すことすら要求します。M・フーコーが言ったように、
国民は近代国家の主体(sujet)であると同時に隷従(sujet)でも
あるのです。
>つまり、自らの意志で戦いに赴いた方の精神を理解すべきです。
「恥辱に塗れる」事は恥ずべきことだという事を。
その精神とはつまるところ、国民国家による国民教育の産物です。
国民国家とて人間が作り出したものです。それを絶対視したり、
神聖視するのは危険です。
私たちは現実として、今しばらくは、この国民国家の「怪物性」を
承知しつつ、だましだまし使っていくしかないのではないでしょうか。
これは メッセージ 18538 (valcan4jp さん)への返信です.
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