権力≠正義には同意だけど
投稿者: diabolic_will 投稿日時: 2003/03/31 13:03 投稿番号: [17714 / 118550]
死刑や極刑を国家の暴力だという前に、なぜそういう制度が作られたのかを考える必要もあるのではないですか?
”人は生まれながらにして平等”だとは言うものの、力の強い者弱い者、頭の良い者悪い者と、個体差があって当然です。その中で人類が平等な集団生活を行うためには、”やっていい事と悪い事”をはっきりさせておく必要があるのです。他人の迷惑になる事をその程度に応じて”犯罪”や”マナー違反”として定義づけることで、”法の下の平等””平等を守るための法”が約束されるのです。
ここにおける平等とは、肉体的・精神的・経済的等の点で他人より劣っているということを理由に、強者から理不尽な差別や支配をされるいわれはない、という弱者を保護するための理念であり、また、他人の権利を侵害しない上での”自由”を保証するものでもあります。
窃盗や殺人等を犯罪と定義付け、それに刑をかすことは、人々の平等な自由を保証するという考えに基づくものであり、それ自体には何ら不当な部分はないはずです。
問題は、イラクがこうした国際的な法を無視し続けた点と、アメリカがこれに対し独善的な制裁を与えている点にあると思います。
何やら支離滅裂な意見となりましたが、要するに、本来国民の自由と平等を保障するための”法”が、それを扱う国家権力者達にとっては国民を支配するための”力”となってしまっている(そう錯覚させられている)ということですよね?
これは メッセージ 17685 (ham21taro さん)への返信です.
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