『明るさと成熟 あの人々が死ぬ』(2)
投稿者: haru_0210_m 投稿日時: 2003/03/29 00:24 投稿番号: [15927 / 118550]
これで半分くらいです。
ちょっとタイプに疲れてきました(^_^;)。
やっぱり朝日ってそうなんですね。
AERAも反戦基調でした。
しかしその中でもこの記事は、
実感がこもったいい記事だと思います。
(2)
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取材には情報省の役人が通訳として同行。もっと取材を厳しく制限されると覚悟していたけれど、なんだかいい加減でした。そもそも情報省の8階にある担当者の部屋までノーチェックで外から入っていけたのだから。行きたいところは全部行けたし、他の人たちに話しかけるなとも言われなかった。貧民街も見たし、「きょうは取材おしまい」と言って情報省の役人が帰った後はタクシーを拾って街にも出られた。
撮影を止められたのも2ヶ所だけ。ウルという遺跡の隣にある軍の基地と、バビロンの遺跡の隣にある要人用の施設。ウルでは軍人が監視についたけど、その人も気のいいおじさん。ニコニコしながら、「すみません。あっちはダメなのよ」という程度のものでした。
イラクの人たちはやたら明るかった。そして客のもてなしが好きな、気持ちのいい人たちでした。
遺跡の取材が終わってブラブラしていたら、管理人に、「うちに寄ってお茶を飲んでいかないか」と誘われ、ご馳走になった。あるときはユーフラテス川で船にのっている子供を撮影していたら、その子の親がやってきて、晩御飯を一緒にどうかという。
とにかくみんなよく話しかけてくる。「どこから来たの?」「名前は?」「私の名前はね・・・」
ある大学生とは文通の約束までしました。そこには、相互監視社会のピリピリした感じも、少なくとも外国人と話したらすぐに官憲ににらまれる、という雰囲気もなかった。
あの人々の明るさは何だろう。
(つづく)
これは メッセージ 15918 (haru_0210_m さん)への返信です.
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