対イラク武力行使

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さらに裏話

投稿者: cyberhvn 投稿日時: 2003/03/27 08:51 投稿番号: [14449 / 118550]
昭和天皇と海軍は、開戦した場合2年もたないと知っていました。疎開した皇太子(現天皇)への手紙では「軍は相手の力と科学力を軽視し、精神に重きを置く戦法で戦い、敗北した」と言っているように、幾ら歴戦練磨の軍でもアメリカ相手には太刀打ちできないという認識を持っていました。御前会議で突然「平和でやれ」と雷を落としたのもそれを裏付けます(このあたりは「近衛公日誌」「昭和天皇独白録」に詳しい)。
しかしもちろん参謀本部は好戦派でした。陸軍が特に強硬で、天皇に対しては「絶対に勝てる。初戦で大勝利し、栄光ある和平に持っていく」としたため、立憲君主制を重んじる律儀な天皇は重臣が決して持ってきた案には反対しなかった。
東条英機は極悪人のように思われるが、その実最後まで不眠不休で開戦を避けようとしていた。しかしアメリカの「ハルノート」によって万事休してしまった。開戦後は逆に陸相を兼務して強力に戦争を遂行したのはむしろ当然で、負けるわけにはいかなかったからだ。

それと天皇は開戦直前、短波放送によってルーズベルトから和平の親電工作を行われることを知っていて、ギリギリまで親電の到着を待っていた(この辺はマリコ・寺崎・ミラーの手記に詳しい)。しかしこの親電も陸軍に押さえられてしまった。

宣戦布告の通告が遅れたのは、ワシントン駐在の大使館員がこの「親電工作」を続行していたためです。
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