祈りについて
投稿者: takaoabu 投稿日時: 2003/03/25 02:56 投稿番号: [12835 / 118550]
また、あなたがたは祈るとき、偽善者がするようにしてはならない。偽善者は人に見せようとして、会堂や町かどに立って祈るのを好む。あなたがたによく言っておく。彼らはすでにその報いを受けている。あなたは祈るとき、奥のへやに入って戸をしめ、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた行ないをごらんになるあなたの父は、報いてくださるであろう。あなたがたは祈るとき、異邦人のようにくどくど言ってはならない。彼らは言葉数さえ多ければ、聞き入れられると思っている。彼らのまねをしてはならない。あなたがたの父は、あなたがたが願うまえに、その必要とするものを知っておられるからである。
なるほど、なにごともこれ見よがしってのが偽善なんだろうな。でも見せるつもりなんかこれっぽちもないのに見せられたらどうなんだろうか、見られたらやめたがいいのか、だからマザーテレサは報道嫌いんだったんだろうか・・・
見られようが見られまいがかまわんってのがいいのか、見られなくなったらがっかりってのは偽善っぽいんだろうな、だからみんなそれが嫌いなんだな。でも、いっこうに気にしない人なんかはもう、自分のことなんかも見えてないんだろうな、盲信になって殺しちゃったりすんのかな、でも、神様は殺すな。バカといってもいけない。なんてまでいうから、殺しちゃう人は神様を盲信してるわけでもないんだろうな。いずれにしても、まわりとしたら、こっちの意見が届かないとこまでいっちゃって寂しいからかな、勝手に死んじゃえば?なんて思わず言っちゃったりするのは。
・・・・まわりを寂しがらせずに助けられるったら、しかも隠れて・・・狭いなぁ
・・だから狭い門が天に通じてんだろうかな
これは メッセージ 12822 (takaoabu さん)への返信です.
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