コミンテルンの謀略他
投稿者: battamother 投稿日時: 2008/12/21 22:42 投稿番号: [115620 / 118550]
ロシア革命後満州の治安は悪化し、共産主義が入り込んできた。シナ大陸全体に関するコミンテルンの方針は、シナ人のナショナリズムに火を付けて、それまで入り込んで来た外国人の勢力を払うというもので、イギリスまでもが敵と見なされるに至った。
南京事件では、日本のみならず、他の外国公使館も襲われているという史実があり、これに対してイギリス・アメリカは揚子江の軍艦から攻撃などしたが、日本は無抵抗主義を貫いた。
それ以降、中国は無抵抗だった日本だけに的を絞ってくるようになった。その事件を指導したのがソ連のコミンテルンの人間であった。
時を同じくして張作霖が満州でその自我を増大させて、満州在住の日本人に対して不買運動を起こしたり、婦女子に嫌がらせをしたりした。
張作霖は、満州はシナであるという主張を始め、ついには中華民国の国旗を立て、抗日運動へと転じた。
結果、張作霖を助けていた日本軍の不信を招き、張作霖は爆死させられる。
張作霖は欧米の支援を得るため、日本から欧米寄りの姿勢に転換する。これに対して「中国大陸における権益を拡大したい欧米、特に大陸進出に出遅れていたアメリカは積極的な支援を張作霖におこなう。」(「」部分はWikipediaより引用)
日本の鎖国時代はともかくとして、特に近代歴史においては一国対一国だけでの視点では物事の真相は見えてこない。そこには利害を異にする他の国家の思惑が様々な形で蠢いていたりするのだ。
勿論、今の国際情勢も例外ではない。
張作霖爆殺事件に関するWikipediaの記述
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B5%E4%BD%9C%E9%9C%96%E7%88%86%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/115620.html