歴史問題と宗教
投稿者: battamother 投稿日時: 2008/12/21 00:44 投稿番号: [115586 / 118550]
歴史認識と、宗教は酷似している。
元祖釈迦やキリストの教えそのもの(完全に正しい歴史書)は存在しておらず、あっても時の権力に改竄や削除され、都合良く歪曲されていることも屡々。為政者は、その都合良く歪曲された宗教(歴史)をカードに人心をコントロールしようとする。
学者達は、あーでもない、こーでもないと教典(歴史)のパズルを組み立てては、様々な解釈を世に送り出す。
仏教の経典にあることば「如是我聞」−「私はこのように聞いた」
それに尾ひれめひれが付いて、もはや本来とは似てて非なるものが一人歩きしている。
時に、国家的宗教(教科書)に基づき、あるいは生家の宗派(思想)に馴染まされ、あるいは出くわした教典(歴史書)によって人々は感化を受ける。
要は、各々が「我が宗教(歴史観)こそは正しい」と自分の信じたい宗派(歴史)を信仰しているだけ。
実際に神を見た者(全ての歴史の体験者)がどれだけいるのか?
そして、その曲解された宗教(歴史認識)の対立が拡大して、やがて紛争や闘争、ひいては戦争まで起こすのである。
てなわけで、「宗教」という部分に、そのまま「歴史」をはめ込んでも何ら違和感が無い(笑)
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