田母神氏の番組生発言(No.3)
投稿者: battamother 投稿日時: 2008/11/26 23:03 投稿番号: [115095 / 118550]
田母神:私は村山談話は政治声明だという風に受け取っていたんですけども、今回の私の問題を通じて村山談話の正体が分かった。これは日本国民の言論弾圧の道具だということが分かったですね。
勝 谷:それはひとつ炙り出された部分はあったと思う。
朴 一:ただね。責任者になれば言いたいことも言えない部分もあるじゃないですか。田母神さんの発言に対して現首相は言ってたじゃないですか。「不適切だ」と。ところが実際今の麻生さんは、恐らく田母神さんと同じような考え方をしてる人だと思っているんですよ。でも、首相だから言えない。
勝 谷:田母神さんに是非聞きたいこおとがあるんですが。
田母神さんが幕長やってらっしゃる時に、イラクでは日本の空自はまだ飛んでた訳ですよね。
田母神:はい、飛んでました。
勝 谷:論文でも仰ってたのは、今の法律の下で武器の使用を部下に非常に言いにくいというか、ちゃんと担保されてないじゃないかということですよね。
例えば(仮に)、友軍である米軍と一緒に飛行していた。それを隣の米軍機がどこかの第三国から攻撃をされた場合、どういう覚悟で日本の空自のパイロットは飛んでなければいけないわけですか?
田母神:恐らくそこで戦闘が行われるような状況になれば、現地で助け合わざるをえない状況に置かれるんじゃないかと思います。
勝 谷:ですよ。それは集団的自衛権の行使ですよね。いわゆる。
田母神:はい、はい、はい。
勝 谷:だけど現場のパイロットは、武人としてやっぱりそういう判断をしますかね。
田母神:だけど、それは担保されてないから現場のパイロットとか士官は迷うでしょうね。
勝 谷:そうなんですよ!
何と、だから個人にその重大な責任を押しつけてしまうことになるわけですよ。今のままだと。
田母神:はい、はい。
勝 谷:田母神さん普段そういうことははっきりと言えませんでしたか?
そういう時には撃ち返せとやっぱり言えなかったわけですか?
田母神:それはなかなか難しいですよね。
勝 谷:無責任きわまりない国だよなぁ。
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田母神氏に関わらず、自衛隊として現場に臨んだ武人は、その担保されない武器の使用と状況判断の葛藤に苦しむというのは屡々聞く。
現場に直面していない者達が、単なる理想論や時代錯誤的憲法の枠に縛られた上での取り決めなど机上の空論に過ぎない訳で、平和ボケ国家ならではの発想と言われても仕方あるまい。
ただ、田母神氏においては、一種ナショナリズム的愛国心に傾き過ぎではないかという偏りも感じられる。特に気になったのが、『色んな説があればね、この国に愛情を持った見方で歴史を見ていきたいと思うんですよね。』という発言だ。歴史はあくまでも事実に則して無くては歴史とは言えない。そこに愛情も自虐も反省も全く不要であり、私情など挟まず客観的に事実を伝えるべきである。それぞれの国が自国に愛情を持った見方でもって歴史を見ていこうということになれば、歴史は歴史としての価値も信憑性も無くなってしまう。これでは中国や韓国に対して、歴史のねつ造だとか、歪曲だとか言えない。それどころか、双方の歴史認識の違いでもって、更なる対立と混乱を生み出すだけだ。
勝 谷:それはひとつ炙り出された部分はあったと思う。
朴 一:ただね。責任者になれば言いたいことも言えない部分もあるじゃないですか。田母神さんの発言に対して現首相は言ってたじゃないですか。「不適切だ」と。ところが実際今の麻生さんは、恐らく田母神さんと同じような考え方をしてる人だと思っているんですよ。でも、首相だから言えない。
勝 谷:田母神さんに是非聞きたいこおとがあるんですが。
田母神さんが幕長やってらっしゃる時に、イラクでは日本の空自はまだ飛んでた訳ですよね。
田母神:はい、飛んでました。
勝 谷:論文でも仰ってたのは、今の法律の下で武器の使用を部下に非常に言いにくいというか、ちゃんと担保されてないじゃないかということですよね。
例えば(仮に)、友軍である米軍と一緒に飛行していた。それを隣の米軍機がどこかの第三国から攻撃をされた場合、どういう覚悟で日本の空自のパイロットは飛んでなければいけないわけですか?
田母神:恐らくそこで戦闘が行われるような状況になれば、現地で助け合わざるをえない状況に置かれるんじゃないかと思います。
勝 谷:ですよ。それは集団的自衛権の行使ですよね。いわゆる。
田母神:はい、はい、はい。
勝 谷:だけど現場のパイロットは、武人としてやっぱりそういう判断をしますかね。
田母神:だけど、それは担保されてないから現場のパイロットとか士官は迷うでしょうね。
勝 谷:そうなんですよ!
何と、だから個人にその重大な責任を押しつけてしまうことになるわけですよ。今のままだと。
田母神:はい、はい。
勝 谷:田母神さん普段そういうことははっきりと言えませんでしたか?
そういう時には撃ち返せとやっぱり言えなかったわけですか?
田母神:それはなかなか難しいですよね。
勝 谷:無責任きわまりない国だよなぁ。
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田母神氏に関わらず、自衛隊として現場に臨んだ武人は、その担保されない武器の使用と状況判断の葛藤に苦しむというのは屡々聞く。
現場に直面していない者達が、単なる理想論や時代錯誤的憲法の枠に縛られた上での取り決めなど机上の空論に過ぎない訳で、平和ボケ国家ならではの発想と言われても仕方あるまい。
ただ、田母神氏においては、一種ナショナリズム的愛国心に傾き過ぎではないかという偏りも感じられる。特に気になったのが、『色んな説があればね、この国に愛情を持った見方で歴史を見ていきたいと思うんですよね。』という発言だ。歴史はあくまでも事実に則して無くては歴史とは言えない。そこに愛情も自虐も反省も全く不要であり、私情など挟まず客観的に事実を伝えるべきである。それぞれの国が自国に愛情を持った見方でもって歴史を見ていこうということになれば、歴史は歴史としての価値も信憑性も無くなってしまう。これでは中国や韓国に対して、歴史のねつ造だとか、歪曲だとか言えない。それどころか、双方の歴史認識の違いでもって、更なる対立と混乱を生み出すだけだ。
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