対イラク武力行使

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中国を「シナ」と呼ぶ馬鹿につける薬

投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2008/11/12 23:11 投稿番号: [114726 / 118550]
  アホに招かれてアンポンタン参り。そしたらやっぱりアホだった。

  ちなみに神州→信州で、そこにアンポンタンヒロヒトは大穴を掘って大本営。3つのオモチャを心配しながらね(大笑)。

  日米同盟?→「日米は親子」(笑)と妄想した田母神俊雄になんでそんなにひかれるわけ?分かる?親がいないと子どもが生まれないこと?(大笑)ちなみに日本はテロ国家アメリカの親か子どもか?

  まあ、馬鹿の相手はこっちから・・・
***
『中国を「シナ」と呼ぶ馬鹿につける薬』

  こんな話がある。

  中国人の女を数百人強かんしたくったSという兵士がいた。 例によって、彼がある場所で強かんしようとしたとき、その女が日本語で叫んだ「やめて」。彼女は横浜育ちの日本人だった。

  それ以来、この強かん魔は強かんができなくなったばかりではない。 黙り込み、女に興味を示さなくなった。・・・

(参照『湘桂公路・・・1945年』坂本楠彦(筑摩書房)、(『アジアの中の日本軍』笠原十九司(大月書店)より孫引き)

  小平義雄は、中国人にとっても日本人にとっても強かん魔だったが、強かん魔Sは中国人のみの強かん魔だったのだ。多くの日本兵もSと同様なのだろう。

強かん魔たちは、中国人への蔑視・差別意識がなければ中国人を強かんできなかったのだ。

***

  いちおう「シナ(支那)」という用語を使うことの罪を書いておきます。

  『南京大虐殺否定論13のウソ』(柏書房)笠原十九司発言より引用。

  戦前の日本政府は、中華民国という正式な国名があり、略称として中国という呼称があったにもかかわらず、蔑視し、軽視する意味でことさら「支那」と公文書にも表記し、正式な国名を無視した。             
  日本国民も日清・日露戦争以降、中国や中国人に対する優越感と蔑視意識から「支那」「支那人」と呼び、日中戦争では「暴戻なる支那の膺懲」「抗日支那の膺懲」というスローガンのもとに侵略戦争を強行した。
 
  中国では、1930年国民政府外交部から日本政府に「支那」ではなく中国の呼称に変えるよう要請がなされたが、日本側はほとんど無視した。

  1946年6月、戦勝国として東京に来た中国代表団から日本の外務省に「支那」という呼称を使ってはならないという通達があり、外務次官は、新聞社、出版社、大学等に対して「支那」という名称の使用をさけるよう通達をした。

  以後、日本人は「支那」という呼称を一般に使用しなくなった。現在では中国侵略戦争の反省とともに、「支那」という呼称に象徴される日本人の中国人蔑視、侮蔑意識が侵略戦争を支えていたという反省に立って、そして何よりも中国人が「日本人が『支那』と呼ぶとき、日本が中国を侵略し、中国人を侮っていた頃の歴史を想起する」として忌み嫌っていることを尊重して、良識ある日本人は「支那」という言葉は使わない。
 

***

さてそれに加え、差別意識が強かん衝動を呼び覚まし加速させるのだから、「支那」という用語を使うという意味は極めて重大なことだ。

  それでもそれを使う人間に対しては、どう呼ぼう。馬鹿、アンポンタンと呼んで当然なのだが、さて奴等に付ける薬はあるのか?

  鼻糞丸めてマンキンタン、そしてアンポンタン、だから鼻糞を飲んでもらうか、しかし付ける薬がない。昔からそう言われているが・・・

追記:マサ君や、紹介のブログの馬鹿にこの事を教えてやれよ。馬鹿の理屈によれば,japanだからjapと呼んでいいことになる。馬鹿はやはり馬鹿である(笑)。
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