Re: 素晴らしいサイトです〜被害者の人権
投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2008/06/08 12:41 投稿番号: [112572 / 118550]
>死刑制度の廃止を唱えている。被害者よりも加害者の人権の方が大事らしい。
これはもうメディアリンチを正当視するための理屈としても常用されていますし、人権派弁護士のバッシングのためにも常用されています。
なんのことはない、この言葉を獲得して、人々はバッシングを開始したのです。
もっともその言葉は、暗に「加害者の人権などどうでもいい」を含んでいますから、当然集団リンチへと向かいますが・・・。
世間はなぜ、「加害者の人権も大事だが被害者遺族の人権も大事だ」とおもわないのでしょうか?
ここはイラク・トピですから、何度も書いていますが、本村さんの理屈を全面的に認めれば、当然、テロ国家アメリカのアフガン侵略を支持せざるを得ません。“仇討ち”を叫ぶということはそういう事です。そして私たちは、9.11事件で“仇討ち”を叫ばなかった人々の存在ももう知っているのですが・・・。
ここで大事なことは、「証拠を見せろ!」と言ったアフガンの主張は、光市母子殺害事件での事件態様にこだわった弁護側の主張と重なります。
事実に無頓着で死刑!死刑!を叫んでいる日本の世間は、事実にまったく無頓着で、政府の戯言に踊らされ、アフガン侵略を熱狂的に支持したアメリカアホ国民と目くそ鼻くそなのです。
光市母子殺害事件の少年が父親の暴力を母と一緒に日常的に受けていたという事実や、その被害者同士としての依存しあう関係でもある自殺未遂を繰り返す母親を中一の時に首つり自殺で失い、少年はその遺体を間近で見ています。・・・少年は母に裏切られたと思い・・・。
この事実を知っていて、なおかつDV事件での行政の怠慢のために、幼児などが殺された事件に対するメディアの行政批判を知っていれば、「殺せ!殺せ!」がまったくつじつまが合わないことなどすぐ分かるはずです。
社会がまともに機能していれば、父親の暴力を止められたはずですし、そうすれば母の自殺はなく、・・・事件も起こらなかったでしょう。
で、本村さんはこう言っています。
「・・・私は彼が死刑以外の刑を受けて生き永らえるよりかは、死刑という刑を胸を張って受け入れて、人を殺めた人間はどういうふうにして償いをしなければならないかということを社会に自ら示すことが、社会にとっていちばん利益になると思っている。元少年の人生を無駄にしないということになるというふうに信じています」
結局、社会は何もせずにおいて暴力を野放しにしておいて、いたずらに自殺者や殺人被害者としての死者を3人に増やし、その締めくくりにメディアリンチの挙げ句に元少年を死刑にして、・・・それが社会の「利益」だってさあ・・・
こんな軽い言葉をテレビの古舘は「重い」と賞賛して・・・
追記:私が良く紹介する集団的情動の「一般凶悪犯には死刑を!ナチスに死刑など思ってもみない」は「罪が大きいと罰は少ない」派ですが、「被害者よりも加害者の人権の方が大事らしい」が当てはまってしまいそうですが・・・。
被害者といえば、凶悪犯罪ばかりではなく、公害や薬害や戦争犯罪の被害者も含まれますが、世間が関心あるのは凶悪犯罪の被害者だけのようでもあります。例えば、凶悪犯罪でも被害者=犯人遺族のようなこともあり、加えて日本では親族を含めた知人の殺人事件が多く、加害者の人権すなわち被害者遺族の人権のようなことも多々あります。
これはもうメディアリンチを正当視するための理屈としても常用されていますし、人権派弁護士のバッシングのためにも常用されています。
なんのことはない、この言葉を獲得して、人々はバッシングを開始したのです。
もっともその言葉は、暗に「加害者の人権などどうでもいい」を含んでいますから、当然集団リンチへと向かいますが・・・。
世間はなぜ、「加害者の人権も大事だが被害者遺族の人権も大事だ」とおもわないのでしょうか?
ここはイラク・トピですから、何度も書いていますが、本村さんの理屈を全面的に認めれば、当然、テロ国家アメリカのアフガン侵略を支持せざるを得ません。“仇討ち”を叫ぶということはそういう事です。そして私たちは、9.11事件で“仇討ち”を叫ばなかった人々の存在ももう知っているのですが・・・。
ここで大事なことは、「証拠を見せろ!」と言ったアフガンの主張は、光市母子殺害事件での事件態様にこだわった弁護側の主張と重なります。
事実に無頓着で死刑!死刑!を叫んでいる日本の世間は、事実にまったく無頓着で、政府の戯言に踊らされ、アフガン侵略を熱狂的に支持したアメリカアホ国民と目くそ鼻くそなのです。
光市母子殺害事件の少年が父親の暴力を母と一緒に日常的に受けていたという事実や、その被害者同士としての依存しあう関係でもある自殺未遂を繰り返す母親を中一の時に首つり自殺で失い、少年はその遺体を間近で見ています。・・・少年は母に裏切られたと思い・・・。
この事実を知っていて、なおかつDV事件での行政の怠慢のために、幼児などが殺された事件に対するメディアの行政批判を知っていれば、「殺せ!殺せ!」がまったくつじつまが合わないことなどすぐ分かるはずです。
社会がまともに機能していれば、父親の暴力を止められたはずですし、そうすれば母の自殺はなく、・・・事件も起こらなかったでしょう。
で、本村さんはこう言っています。
「・・・私は彼が死刑以外の刑を受けて生き永らえるよりかは、死刑という刑を胸を張って受け入れて、人を殺めた人間はどういうふうにして償いをしなければならないかということを社会に自ら示すことが、社会にとっていちばん利益になると思っている。元少年の人生を無駄にしないということになるというふうに信じています」
結局、社会は何もせずにおいて暴力を野放しにしておいて、いたずらに自殺者や殺人被害者としての死者を3人に増やし、その締めくくりにメディアリンチの挙げ句に元少年を死刑にして、・・・それが社会の「利益」だってさあ・・・
こんな軽い言葉をテレビの古舘は「重い」と賞賛して・・・
追記:私が良く紹介する集団的情動の「一般凶悪犯には死刑を!ナチスに死刑など思ってもみない」は「罪が大きいと罰は少ない」派ですが、「被害者よりも加害者の人権の方が大事らしい」が当てはまってしまいそうですが・・・。
被害者といえば、凶悪犯罪ばかりではなく、公害や薬害や戦争犯罪の被害者も含まれますが、世間が関心あるのは凶悪犯罪の被害者だけのようでもあります。例えば、凶悪犯罪でも被害者=犯人遺族のようなこともあり、加えて日本では親族を含めた知人の殺人事件が多く、加害者の人権すなわち被害者遺族の人権のようなことも多々あります。
これは メッセージ 112519 (bouzumarumouke7 さん)への返信です.
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