Re: 大谷昭宏・・メディアは殺人兵器
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/04/25 01:13 投稿番号: [111821 / 118550]
>テロ国家アメリカのイラク侵略もメディアが協力してくれなければ不可能だったろう。いったいどれだけの出演者がイラクに関する嘘をついたか数え切れないほどだ。
アメリカでは【一応】メディアが反省したようですが、
その後の報道はどうなっているのか、
自国の戦費や死傷者には目が向けられるのかもしれませんが。
オバマでもマケインでも、イラクにおいて反省はあるのか。
>私たちはメディアに煽られ殺せ!殺せ!と大合唱したのだ。そのメディアリンチのただ中の電波を送る側の一人に大谷昭宏がいた。
>加えて、判決は事件の態様にまったく関心を示さない。それこそが冤罪を生む土壌ではないのか?
そうです。これをメディアは無視すした
【遺体の様相】について
【上野鑑定】でも、【両手で締めてもいない、子供を叩き落してもいない】
と判定。
重要な点ですが、遺族の【死刑要求】を滔滔と述べる場面ばかり。
大谷は、郵政民営化も賛成・・僻地の郵便局存続は、住民要求も聞いたことない等と発言
・・更に【光市の弁護人への懲戒請求出した橋下クズ弁護士と仲良し】。
精神的発達遅滞の元少年は【メディアに死刑】にされる。
★●光市母子殺害事件の差戻控訴審に関する放送についての意見
・・弁護団は何度か、第1、2審の「捜査機関、弁護人、裁判所がそれぞれ事実を事実として見ていなかった」「司法の怠慢である」「弁護人が事件の大きさに圧倒されたことが、事実の究明を鈍らせた」等々と説明している。
そこではまた、荒唐無稽、奇異に思われる被告のあらたな供述や殺意の否認についても、じつは「家庭裁判所の鑑別記録、捜査段階における供述、第1審の被告人質問等にすでに現われている」旨を言い、具体的な内容を例示している。
しかし、これに対する記者・番組制作者からの質問は低調であり、各記録に記載された正確な文言、その文脈や意味するところについて問いただしてもいない。
本件放送の内容からすれば、当然、記者らには疑問や異論や違和感があったと想像されるが、弁護団とのコミュニケーションは成立していない。
番組によっては、番組制作者がこうした記者会見の場に立ち会うこともなく、地元系列局の記者から送られた簡単なメモ程度の材料しかないまま、放送に臨んでいた。
本件放送では、こうした弁護団の記者会見の映像はときどき映し出されたが、その「内容」は触れられず、
弁護人の一人が「司法の怠慢である」と述べた箇所が、脈絡なく、放送されるだけであった。・・
ここには、真実はすでに決まっている、と高をくくった傲慢さ、あるいは軽率さはなかっただろうか。
【被告や弁護団の主張・立証など、裁判所が認めるはずがない、という先入観はなかったか。あるいは、いちいちの事実の評価を被害者遺族の見方や言葉に任せてしまい、自分では考えない、判断しない、という怠惰やずるさはなかったと言えるだろうか。】
・・しかし、カメラに写らないからといって、被告の過去の供述をなかったものとして扱い、
今回は過去とはまったく異なる、新しい供述をしたかのように描くのは、その供述の唐突さを強調することにしかならない。・・
目の前のことしか写せないカメラの限界を破っていくのが、番組制作者の力量というものである。
現在の事実、現在の供述を取材し、伝えるだけでは不十分であり、その背後にあるものを探る意欲と努力なしには、放送の公正性・正確性・公平性は実現できるものではない。
http://www.bpo.gr.jp/kensyo/kettei/f-index.html
>大谷を見ているとテレビに出続ける事の罪をつくづく感じてしまうのである
醜悪です!
アメリカでは【一応】メディアが反省したようですが、
その後の報道はどうなっているのか、
自国の戦費や死傷者には目が向けられるのかもしれませんが。
オバマでもマケインでも、イラクにおいて反省はあるのか。
>私たちはメディアに煽られ殺せ!殺せ!と大合唱したのだ。そのメディアリンチのただ中の電波を送る側の一人に大谷昭宏がいた。
>加えて、判決は事件の態様にまったく関心を示さない。それこそが冤罪を生む土壌ではないのか?
そうです。これをメディアは無視すした
【遺体の様相】について
【上野鑑定】でも、【両手で締めてもいない、子供を叩き落してもいない】
と判定。
重要な点ですが、遺族の【死刑要求】を滔滔と述べる場面ばかり。
大谷は、郵政民営化も賛成・・僻地の郵便局存続は、住民要求も聞いたことない等と発言
・・更に【光市の弁護人への懲戒請求出した橋下クズ弁護士と仲良し】。
精神的発達遅滞の元少年は【メディアに死刑】にされる。
★●光市母子殺害事件の差戻控訴審に関する放送についての意見
・・弁護団は何度か、第1、2審の「捜査機関、弁護人、裁判所がそれぞれ事実を事実として見ていなかった」「司法の怠慢である」「弁護人が事件の大きさに圧倒されたことが、事実の究明を鈍らせた」等々と説明している。
そこではまた、荒唐無稽、奇異に思われる被告のあらたな供述や殺意の否認についても、じつは「家庭裁判所の鑑別記録、捜査段階における供述、第1審の被告人質問等にすでに現われている」旨を言い、具体的な内容を例示している。
しかし、これに対する記者・番組制作者からの質問は低調であり、各記録に記載された正確な文言、その文脈や意味するところについて問いただしてもいない。
本件放送の内容からすれば、当然、記者らには疑問や異論や違和感があったと想像されるが、弁護団とのコミュニケーションは成立していない。
番組によっては、番組制作者がこうした記者会見の場に立ち会うこともなく、地元系列局の記者から送られた簡単なメモ程度の材料しかないまま、放送に臨んでいた。
本件放送では、こうした弁護団の記者会見の映像はときどき映し出されたが、その「内容」は触れられず、
弁護人の一人が「司法の怠慢である」と述べた箇所が、脈絡なく、放送されるだけであった。・・
ここには、真実はすでに決まっている、と高をくくった傲慢さ、あるいは軽率さはなかっただろうか。
【被告や弁護団の主張・立証など、裁判所が認めるはずがない、という先入観はなかったか。あるいは、いちいちの事実の評価を被害者遺族の見方や言葉に任せてしまい、自分では考えない、判断しない、という怠惰やずるさはなかったと言えるだろうか。】
・・しかし、カメラに写らないからといって、被告の過去の供述をなかったものとして扱い、
今回は過去とはまったく異なる、新しい供述をしたかのように描くのは、その供述の唐突さを強調することにしかならない。・・
目の前のことしか写せないカメラの限界を破っていくのが、番組制作者の力量というものである。
現在の事実、現在の供述を取材し、伝えるだけでは不十分であり、その背後にあるものを探る意欲と努力なしには、放送の公正性・正確性・公平性は実現できるものではない。
http://www.bpo.gr.jp/kensyo/kettei/f-index.html
>大谷を見ているとテレビに出続ける事の罪をつくづく感じてしまうのである
醜悪です!
これは メッセージ 111814 (syoumenkyousi さん)への返信です.
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