Re: 行為と目的の意図的混同
投稿者: bonno_216 投稿日時: 2007/07/06 14:16 投稿番号: [107182 / 118550]
>偶然でも見落としでもありません。
なるほど、やっぱり作為的でしたか…。でもね、「目的は手段を正当化しない」というのは現代社会の共通認識であり、常識的な理論であるってことだけは、まず最初にご理解ください。
例えば「正当防衛」ですが、これは法的に「免責される殺人」であって、決して「正義」ではありません。緊急避難は「目的」じゃなく「状況」に基づく行為なのです。
したがって、あたりまえの話ですが「正当防衛」が成立するためには「緊急避難が必要とされる状況」の存在が不可欠なのであり、「危険人物を排除するという目的」だけで殺人に及べば、それは「犯罪」になります。
例えば幼児ポルノですが、制作者の意図、目的にかかわらず、作品が一般的に「幼児ポルノ」としての条件を満たしていれば、いくら「性的な興味から作ったものではない」と言い訳しても処罰されます。逆に性的な目的をもって作ったものであっても、一般社会がそれを「ポルノ」と看做さないなら処罰されません。
行為者の目的や意図は、行為の評価を左右しない…この原則が「誰にでも同じように適用される規則」の条件なのです。
そうでなければ、同じ「ストッキングのCM」を制作しても、ノーマルな性癖の人が作った場合は罪にならず、脚フェチの人が作った場合は罪になってしまいます。
先にも書いたように、私は功利論者ですから「殺人」も「戦争」も「原爆」も「普遍的な悪」とはとらえていません。その評価はケース・バイ・ケースであり、意図や目的、結果も「私の評価」には大きく影響するのです。
その意味では私も案山子さんと同じなのですが、大きく違うのは、いかに素晴らしい目的や意図があり、良い結果に結びついた戦争であったとしても、私はそれを「正しい戦争」とは評価しないところです。 せいぜいが「善意の戦争」あるいは「結果的に良かった戦争」という評価になるでしょうか…。
もっとも「結果的に良かった戦争」は後の時代になってはじめて言えることであり、現在進行形の戦争については「良い結果を期待する戦争」でしかありません。
さらに言えば目的や意図、結果への期待などは、どれも「粉飾」が可能なファクターです。オウム真理教が「魂を救うための殺人」と粉飾した「ポア」は、たとえ行為者が本気でそれ(=意図、目的、良い結果)を信じていたとしても、やはり犯罪になります。
私はイラク戦争が米国による「善意の戦争」であったなんて、まるで思っていませんが、一万歩譲って、善意が本物であったとしても、この戦争が違法であり、かつ不当であるとする評価に変わりはありません。
貴女の言うUniversal Lawが「普遍の正義」であるならば、「善意の国=米国」の行為は全て正当であり、「悪意の国=イラク」の行為が全て不当になるような「意図、目的が行為の正当性を決定付ける」という論理は即刻、破棄すべきでしょう。
ちなみに、米国の「正当防衛」が成立するためには「緊急避難の必要が認められる状況」が不可欠ですが、事実はそれが不在でした。結果として米国の防衛にプラスであったとしても(これも事実は逆ですが…)、それだけで「正当防衛」が成立するわけではありません。
なるほど、やっぱり作為的でしたか…。でもね、「目的は手段を正当化しない」というのは現代社会の共通認識であり、常識的な理論であるってことだけは、まず最初にご理解ください。
例えば「正当防衛」ですが、これは法的に「免責される殺人」であって、決して「正義」ではありません。緊急避難は「目的」じゃなく「状況」に基づく行為なのです。
したがって、あたりまえの話ですが「正当防衛」が成立するためには「緊急避難が必要とされる状況」の存在が不可欠なのであり、「危険人物を排除するという目的」だけで殺人に及べば、それは「犯罪」になります。
例えば幼児ポルノですが、制作者の意図、目的にかかわらず、作品が一般的に「幼児ポルノ」としての条件を満たしていれば、いくら「性的な興味から作ったものではない」と言い訳しても処罰されます。逆に性的な目的をもって作ったものであっても、一般社会がそれを「ポルノ」と看做さないなら処罰されません。
行為者の目的や意図は、行為の評価を左右しない…この原則が「誰にでも同じように適用される規則」の条件なのです。
そうでなければ、同じ「ストッキングのCM」を制作しても、ノーマルな性癖の人が作った場合は罪にならず、脚フェチの人が作った場合は罪になってしまいます。
先にも書いたように、私は功利論者ですから「殺人」も「戦争」も「原爆」も「普遍的な悪」とはとらえていません。その評価はケース・バイ・ケースであり、意図や目的、結果も「私の評価」には大きく影響するのです。
その意味では私も案山子さんと同じなのですが、大きく違うのは、いかに素晴らしい目的や意図があり、良い結果に結びついた戦争であったとしても、私はそれを「正しい戦争」とは評価しないところです。 せいぜいが「善意の戦争」あるいは「結果的に良かった戦争」という評価になるでしょうか…。
もっとも「結果的に良かった戦争」は後の時代になってはじめて言えることであり、現在進行形の戦争については「良い結果を期待する戦争」でしかありません。
さらに言えば目的や意図、結果への期待などは、どれも「粉飾」が可能なファクターです。オウム真理教が「魂を救うための殺人」と粉飾した「ポア」は、たとえ行為者が本気でそれ(=意図、目的、良い結果)を信じていたとしても、やはり犯罪になります。
私はイラク戦争が米国による「善意の戦争」であったなんて、まるで思っていませんが、一万歩譲って、善意が本物であったとしても、この戦争が違法であり、かつ不当であるとする評価に変わりはありません。
貴女の言うUniversal Lawが「普遍の正義」であるならば、「善意の国=米国」の行為は全て正当であり、「悪意の国=イラク」の行為が全て不当になるような「意図、目的が行為の正当性を決定付ける」という論理は即刻、破棄すべきでしょう。
ちなみに、米国の「正当防衛」が成立するためには「緊急避難の必要が認められる状況」が不可欠ですが、事実はそれが不在でした。結果として米国の防衛にプラスであったとしても(これも事実は逆ですが…)、それだけで「正当防衛」が成立するわけではありません。
これは メッセージ 107175 (physics4dummys さん)への返信です.
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