「寄生性と知的謀略」2
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2007/06/10 02:04 投稿番号: [106289 / 118550]
民主主義・個人主義・自由主義・経済学・科学的世界観なども、寄生者が宿主から“養分”をスムーズに吸い上げるためにつくり普及させた論理的説明体系です。
(民が共同体の主であることや個人の自由を尊重することがそうだという主張ではないのでくれぐれも注意を)
19世紀にドイツで百貨店が生まれたとき、それまで禁止されてきた「広告宣伝」が行われました。
人々の欲求をくすぐり心を引くうたい文句が刷られたチラシが撒かれました。
民主主義・個人主義・自由主義・経済学・科学的世界観などは、“高尚な”「広告宣伝」でしかないのです。
宿主共同体の構成員が寄生者の「収奪システム」を嬉々として受け入れるよう、空虚な言葉(美辞麗句)をさも論理的であるかのように組み立てて普及させたのです。
さらには、共産主義をマルクス主義的に脚色(理論強化?)することで、収奪システムが引き起こす人々の不満を筋違いの相手に向けさせるという凝った防御手段も用意しました。(背後にいる国際金融家ではなく、直接の雇用主である産業資本家が搾取しているという説明)
また、下位にいるユダヤ人国際金融家を「陰謀論」で叩かせることで、上位の自分たちには害が及ばないようにもしています。
「土地に縛られるのは悪いこと」、「思想・信条の自由」、「個人の自由は家族や国家(共同体)の利益より優先される」、「利潤追求が経済活動の基礎」、「営業活動の自由」、「グローバリズム」、「コスモポリタン市民」などを冷静にじっくり考えれば、寄生者の価値観が色濃く示されていることがわかるはずです。
※ 「思想・信条の自由」の危険性はちょっとわかりにくいかもしれませんね。
「思想・信条の自由」が純粋に内面の問題であれば、それを覗いたり規制することは原理的に不能ですから、憲法などでその自由をことさらうたう必要はありません。
ですから、「思想・信条の自由」は、それを言葉・文字・映像などで表現し社会に広めることの自由ということになります。
美意識や好みなどは規制する必要はありませんが、「ゆえなく人を殺してはいけない」、「盗みはダメ」、「利息をとってはいけない」、「相互扶助を心がけなければならない」など基本的な規範は、個々人が個々の価値観で自由に否定する運動を行っていいものではなく、“不可侵”のものです。
共同体として存続していくための共有規範がばらばらだったらどうなるかを考えればわかるはずです。共有規範のなかでの個人の自由があるだけです。
ですから、共有規範をなくそうとしたり無効化しようとする動きは、自由なものではなく規制されてしかるべきものなのです。
共同体の規範を壊そうとしている寄生者が、「思想・信条の自由」の獲得し、学問世界やメディアを支配していたらどうなるかを想像してみたら(現実ですが)、その危険性がわかると思います。
■ 宿主共同体が陥る罠
じゃあ、これまで、世界中が寄生集団に騙され続けてきたのかという疑念を持たれた方もいるでしょう。
残念ながら、そうなのです。
しかし、それは、世界の多くの人が知性で劣っていたとか愚かだったからというわけではありません。
ただ、そこまで強欲で平気で嘘もつける人がいるとは想像だにできない人が多いというだけのことです。
そんじょそこらにいる詐欺師ではなく、自分たちの強欲のために、国家を丸ごと、世界を丸ごと取ってしまおうという人が現実にいるなんてことに思い至らないのです。
(このような思考は、健全な精神の持ち主であるがゆえのことです)
しかも、悪魔を天使と言い立てられるほどの嘘を平気でつける人たちですから、人殺しや強奪を耳触りのいい美辞麗句で正当化するのはお手のものです。それでは、身近にいる一般的な嘘吐きを見破るようなわけにはいきません。
また、なかなか見破られないよう、学校教育やメディアを通じて、それをもっともらしく受け入れる価値観や世界観を形成しています。
■ 日本にも存在する“危険因子”
日本は、戦後世界構造のなかで破格の経済発展を遂げました。
「近代経済システム」(寄生システム)は、本来的商業のみならず、産業・サービスそして農業までを商業化してきました。(貨幣経済社会という表現は、生存活動全域の商業化を意味するものです)
商業化が進んでも、それが国家(共同体)内の取引であれば、共同体共通利益が考慮されます。そうでなければ、成功者(金持ち)と破綻者(貧乏人)に分裂し、商業活動が行き詰まってしまいます。
(民が共同体の主であることや個人の自由を尊重することがそうだという主張ではないのでくれぐれも注意を)
19世紀にドイツで百貨店が生まれたとき、それまで禁止されてきた「広告宣伝」が行われました。
人々の欲求をくすぐり心を引くうたい文句が刷られたチラシが撒かれました。
民主主義・個人主義・自由主義・経済学・科学的世界観などは、“高尚な”「広告宣伝」でしかないのです。
宿主共同体の構成員が寄生者の「収奪システム」を嬉々として受け入れるよう、空虚な言葉(美辞麗句)をさも論理的であるかのように組み立てて普及させたのです。
さらには、共産主義をマルクス主義的に脚色(理論強化?)することで、収奪システムが引き起こす人々の不満を筋違いの相手に向けさせるという凝った防御手段も用意しました。(背後にいる国際金融家ではなく、直接の雇用主である産業資本家が搾取しているという説明)
また、下位にいるユダヤ人国際金融家を「陰謀論」で叩かせることで、上位の自分たちには害が及ばないようにもしています。
「土地に縛られるのは悪いこと」、「思想・信条の自由」、「個人の自由は家族や国家(共同体)の利益より優先される」、「利潤追求が経済活動の基礎」、「営業活動の自由」、「グローバリズム」、「コスモポリタン市民」などを冷静にじっくり考えれば、寄生者の価値観が色濃く示されていることがわかるはずです。
※ 「思想・信条の自由」の危険性はちょっとわかりにくいかもしれませんね。
「思想・信条の自由」が純粋に内面の問題であれば、それを覗いたり規制することは原理的に不能ですから、憲法などでその自由をことさらうたう必要はありません。
ですから、「思想・信条の自由」は、それを言葉・文字・映像などで表現し社会に広めることの自由ということになります。
美意識や好みなどは規制する必要はありませんが、「ゆえなく人を殺してはいけない」、「盗みはダメ」、「利息をとってはいけない」、「相互扶助を心がけなければならない」など基本的な規範は、個々人が個々の価値観で自由に否定する運動を行っていいものではなく、“不可侵”のものです。
共同体として存続していくための共有規範がばらばらだったらどうなるかを考えればわかるはずです。共有規範のなかでの個人の自由があるだけです。
ですから、共有規範をなくそうとしたり無効化しようとする動きは、自由なものではなく規制されてしかるべきものなのです。
共同体の規範を壊そうとしている寄生者が、「思想・信条の自由」の獲得し、学問世界やメディアを支配していたらどうなるかを想像してみたら(現実ですが)、その危険性がわかると思います。
■ 宿主共同体が陥る罠
じゃあ、これまで、世界中が寄生集団に騙され続けてきたのかという疑念を持たれた方もいるでしょう。
残念ながら、そうなのです。
しかし、それは、世界の多くの人が知性で劣っていたとか愚かだったからというわけではありません。
ただ、そこまで強欲で平気で嘘もつける人がいるとは想像だにできない人が多いというだけのことです。
そんじょそこらにいる詐欺師ではなく、自分たちの強欲のために、国家を丸ごと、世界を丸ごと取ってしまおうという人が現実にいるなんてことに思い至らないのです。
(このような思考は、健全な精神の持ち主であるがゆえのことです)
しかも、悪魔を天使と言い立てられるほどの嘘を平気でつける人たちですから、人殺しや強奪を耳触りのいい美辞麗句で正当化するのはお手のものです。それでは、身近にいる一般的な嘘吐きを見破るようなわけにはいきません。
また、なかなか見破られないよう、学校教育やメディアを通じて、それをもっともらしく受け入れる価値観や世界観を形成しています。
■ 日本にも存在する“危険因子”
日本は、戦後世界構造のなかで破格の経済発展を遂げました。
「近代経済システム」(寄生システム)は、本来的商業のみならず、産業・サービスそして農業までを商業化してきました。(貨幣経済社会という表現は、生存活動全域の商業化を意味するものです)
商業化が進んでも、それが国家(共同体)内の取引であれば、共同体共通利益が考慮されます。そうでなければ、成功者(金持ち)と破綻者(貧乏人)に分裂し、商業活動が行き詰まってしまいます。
これは メッセージ 106288 (jyonnconner さん)への返信です.
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