Re: 刑事犯罪捜査の限界
投稿者: bonno_216 投稿日時: 2007/01/31 14:52 投稿番号: [101508 / 118550]
>軍人の裁判やスパイ行為の裁判は軍法会議で
>非公開の裁判上で行われてますよ。
軍人や本物のスパイは、自ら一般司法の保護外に身を置くことを望んだのですから、それで良いでしょう。しかし、スパイやテロリストの疑いを受けた一般市民はどうなります? 彼らは一般司法の保護内にあることを望む人たちです。
犯人であることが立証された人に対する刑量や処置は、非公開審議でも良いでしょうが、容疑がテロやスパイ行為だと言うだけで、立証責任まで不透明になるのは危険だと思います。
>法律を作る人々を我々は選びますが直接投票は
>先ずしませんよ。
制度には理念が内包します。議会制民主主義の理念は、国民が議員を「選び」、その行動を「評価」するところにあります。「選んで任せる」じゃないんですね。「評価」して、次の投票行動の根拠を担保するために、議会は公開の原則があるのです。
裁判も同じで、裁判の公平さや適法性を担保するため、公判の原則があります。
まあ日本でも少年司法のように非公開の審判がありますが、これは少年を罰するためのものではなく保護するための制度であり、犯罪に対処する一般司法とは役割が異なります。
少年の場合は刑事責任が免じられていますので、社会は審判を受ける少年を「犯罪者」とは看做さないのです。
比較的、被害の小さい事件では、このように社会の監視から切り離し、こっそりと処置するケースも容認できます。しかし、911のように大規模なテロ事件の容疑者を、非公開で有罪認定することは許容出来ません。
テロや凶悪犯罪は、国家に対する脅威である前に、市民に対する大きな脅威です。この脅威の解明に際し、市民が耳目を塞がれた状態に置かれ、すべてを国家が一方的に認定するのなら、民主主義は形骸化します。
貴女はハリド・シェイクらが「刑事裁判で有罪判決を受けていないから、犯人に確定していないと言うのは間違い」だとおっしゃいました。
これは、政権が証拠もなく一方的に犯人の認定をしても、テロや戦争に於いては正当であるから、市民はそれに対して無条件で従うべきだ…という考え方の顕われでしょう。
しかし私は「証拠はあるが見せられない」という言葉を信用することが出来ません。私たちは私たちに対する脅威を解明、排除するために、その対処について「白紙委任」できる人々を選挙で選んだわけじゃないのです。
この議論の出発点は、911の犯人が確定しているか否かでした。これは政権の一方的認定を追認するか否かという命題でもあります。
民主主義、法治主義の原則的な理念に於いては、明らかに「追認すべきではない」という答えが、既に出ているのではないでしょうか?
>非公開の裁判上で行われてますよ。
軍人や本物のスパイは、自ら一般司法の保護外に身を置くことを望んだのですから、それで良いでしょう。しかし、スパイやテロリストの疑いを受けた一般市民はどうなります? 彼らは一般司法の保護内にあることを望む人たちです。
犯人であることが立証された人に対する刑量や処置は、非公開審議でも良いでしょうが、容疑がテロやスパイ行為だと言うだけで、立証責任まで不透明になるのは危険だと思います。
>法律を作る人々を我々は選びますが直接投票は
>先ずしませんよ。
制度には理念が内包します。議会制民主主義の理念は、国民が議員を「選び」、その行動を「評価」するところにあります。「選んで任せる」じゃないんですね。「評価」して、次の投票行動の根拠を担保するために、議会は公開の原則があるのです。
裁判も同じで、裁判の公平さや適法性を担保するため、公判の原則があります。
まあ日本でも少年司法のように非公開の審判がありますが、これは少年を罰するためのものではなく保護するための制度であり、犯罪に対処する一般司法とは役割が異なります。
少年の場合は刑事責任が免じられていますので、社会は審判を受ける少年を「犯罪者」とは看做さないのです。
比較的、被害の小さい事件では、このように社会の監視から切り離し、こっそりと処置するケースも容認できます。しかし、911のように大規模なテロ事件の容疑者を、非公開で有罪認定することは許容出来ません。
テロや凶悪犯罪は、国家に対する脅威である前に、市民に対する大きな脅威です。この脅威の解明に際し、市民が耳目を塞がれた状態に置かれ、すべてを国家が一方的に認定するのなら、民主主義は形骸化します。
貴女はハリド・シェイクらが「刑事裁判で有罪判決を受けていないから、犯人に確定していないと言うのは間違い」だとおっしゃいました。
これは、政権が証拠もなく一方的に犯人の認定をしても、テロや戦争に於いては正当であるから、市民はそれに対して無条件で従うべきだ…という考え方の顕われでしょう。
しかし私は「証拠はあるが見せられない」という言葉を信用することが出来ません。私たちは私たちに対する脅威を解明、排除するために、その対処について「白紙委任」できる人々を選挙で選んだわけじゃないのです。
この議論の出発点は、911の犯人が確定しているか否かでした。これは政権の一方的認定を追認するか否かという命題でもあります。
民主主義、法治主義の原則的な理念に於いては、明らかに「追認すべきではない」という答えが、既に出ているのではないでしょうか?
これは メッセージ 101497 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
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