新世界秩序(遅レス気味)
投稿者: silverlining430 投稿日時: 2004/07/10 16:34 投稿番号: [905 / 1982]
と題したアセアンさんの一連のお話。
非常に興味深いのですが、僕はたぶん、お話の内容の1割も把握できていません(^^;ので、再度、アセアンさんが描いているものについて説明していただきたいと思いレスをつけました。
アセアンさんは、超国家的政治体や世界連邦などの、いわば垂直的な世界秩序には、どちらかとういうと批判的なのだろうと、なんとなく推測しています。
となると、アセアンさんが描いている世界秩序とは、各国家の主権の一部が移譲された上位の国際機関や主権の完全移譲が果たされた世界政府的権力体を想定しない、水平的な秩序維持システムということになるのだろうかと愚考しますが、水平的な秩序維持システムは、まさに既存の世界秩序維持システムの言い替えにすぎないので、「新世界秩序」というアセアンさんのタイトルに違和感を感じ、アセアンさんが描いているものが分からなくなるのです。
また、
>>
「超国家的政治体制」でもEU型やエトランジェさんが仰った「世界連邦主義」も実際は既に”国連”と言うシステムの中に包含されている概念だと僕は思う訳です。
>>
とのアセアンさんのご認識については、僕は違うだろうと僣越ながら思っておりまして、僕が間違っていると感じたアセアンさんのご認識以降の議論にネジレが生じてしまっているようにも感じています。
まず、国連については、機構創設の動機となった思想の中にも、また、国連の制度としても、「超国家的政治体」や「世界連邦」を志向したものは含まれていませんし、また、今後もそういう方向性を志向することはあり得ないと考えています。
なので、アセアンさんが、国連システムのどこに「超国家的政治体」や「世界連邦」的なものを見出しているのかが分からないのです。
「超国家的政治体」や「世界連邦」とは、主権国家の上に立つ機関が、主権国家に対し命令できる、その命令の「強制性」の程度が強くなる状態です。そして、その命令に従うかどうかについて、あらかじめ主権国家から合意を取り付けておくなどということも必要ありません。「権力」といった場合、こうした強制力を発揮できることを意味すると思います。
が、国連にはこのような「強制性」は備わってはいません。国連が仮に、世界秩序の維持機能を果たしているとするのならば、それは、国連は「権力」はないが「権威」はあるという特徴によるものにほかならないだろうと思うのです。そしてその「権威」とは、国連加盟国の合意が集約されることにより法規範として創設され、その法規範が、まがりなりにも世界各国に「大切だ」と思われ尊重されるという意味での「権威」です。
安保理は、安全保障分野に限り、制度的には、常任理事国の一致により強大な権限を行使することができ、その意味で、カントの「自由な諸国連合構想」をひょいっとまたいで一歩乗り越えてしまった機関ではありますが、強制力を発揮するための権力の集中という「集権性」と、常任理事国の全会一致という「分権性」の極みとも言える意思決定のための制度的前提が二律背反的に存在し、やはり「超国家的」とも「世界政府」とも言えない。
結局、国連は、主権国家に命令を下し、法を遵守させるという意味での権力的統治機能を果たせる能力に著しく欠けてはいます。ただ、国連官僚が望む望まないに拘らず、世界のあらゆる問題が、国連のさまざまな機関に流れ込んでしまい、国連が、その対応に迫られてしまうという現実があります。
そうした問題に対処するため、国連は、各国に話し合いの場を設け、各国の合意を取り付け、最終的に決議か何かの規範として設定する権力的統治ではない、いわば規範的統治能力を発揮します。これに各国が従うか従わないかはまた別の問題で、とりあえず国際社会がめざすべき方向性は示されるわけです。それと同時に、UNHCRやユネスコなどの国連システムに様々な機関が支援活動を行うことで、一定の行政統治機能を果たしてもいますが…。
アセアンさんが垂直的な世界秩序システムに批判的であるとすると、現行の国連の水平的秩序維持システムとアセアンさんのご構想は、どこが一体異なるのでしょうか?
一応、まだ続く予定です。
取り急ぎ失礼します。
非常に興味深いのですが、僕はたぶん、お話の内容の1割も把握できていません(^^;ので、再度、アセアンさんが描いているものについて説明していただきたいと思いレスをつけました。
アセアンさんは、超国家的政治体や世界連邦などの、いわば垂直的な世界秩序には、どちらかとういうと批判的なのだろうと、なんとなく推測しています。
となると、アセアンさんが描いている世界秩序とは、各国家の主権の一部が移譲された上位の国際機関や主権の完全移譲が果たされた世界政府的権力体を想定しない、水平的な秩序維持システムということになるのだろうかと愚考しますが、水平的な秩序維持システムは、まさに既存の世界秩序維持システムの言い替えにすぎないので、「新世界秩序」というアセアンさんのタイトルに違和感を感じ、アセアンさんが描いているものが分からなくなるのです。
また、
>>
「超国家的政治体制」でもEU型やエトランジェさんが仰った「世界連邦主義」も実際は既に”国連”と言うシステムの中に包含されている概念だと僕は思う訳です。
>>
とのアセアンさんのご認識については、僕は違うだろうと僣越ながら思っておりまして、僕が間違っていると感じたアセアンさんのご認識以降の議論にネジレが生じてしまっているようにも感じています。
まず、国連については、機構創設の動機となった思想の中にも、また、国連の制度としても、「超国家的政治体」や「世界連邦」を志向したものは含まれていませんし、また、今後もそういう方向性を志向することはあり得ないと考えています。
なので、アセアンさんが、国連システムのどこに「超国家的政治体」や「世界連邦」的なものを見出しているのかが分からないのです。
「超国家的政治体」や「世界連邦」とは、主権国家の上に立つ機関が、主権国家に対し命令できる、その命令の「強制性」の程度が強くなる状態です。そして、その命令に従うかどうかについて、あらかじめ主権国家から合意を取り付けておくなどということも必要ありません。「権力」といった場合、こうした強制力を発揮できることを意味すると思います。
が、国連にはこのような「強制性」は備わってはいません。国連が仮に、世界秩序の維持機能を果たしているとするのならば、それは、国連は「権力」はないが「権威」はあるという特徴によるものにほかならないだろうと思うのです。そしてその「権威」とは、国連加盟国の合意が集約されることにより法規範として創設され、その法規範が、まがりなりにも世界各国に「大切だ」と思われ尊重されるという意味での「権威」です。
安保理は、安全保障分野に限り、制度的には、常任理事国の一致により強大な権限を行使することができ、その意味で、カントの「自由な諸国連合構想」をひょいっとまたいで一歩乗り越えてしまった機関ではありますが、強制力を発揮するための権力の集中という「集権性」と、常任理事国の全会一致という「分権性」の極みとも言える意思決定のための制度的前提が二律背反的に存在し、やはり「超国家的」とも「世界政府」とも言えない。
結局、国連は、主権国家に命令を下し、法を遵守させるという意味での権力的統治機能を果たせる能力に著しく欠けてはいます。ただ、国連官僚が望む望まないに拘らず、世界のあらゆる問題が、国連のさまざまな機関に流れ込んでしまい、国連が、その対応に迫られてしまうという現実があります。
そうした問題に対処するため、国連は、各国に話し合いの場を設け、各国の合意を取り付け、最終的に決議か何かの規範として設定する権力的統治ではない、いわば規範的統治能力を発揮します。これに各国が従うか従わないかはまた別の問題で、とりあえず国際社会がめざすべき方向性は示されるわけです。それと同時に、UNHCRやユネスコなどの国連システムに様々な機関が支援活動を行うことで、一定の行政統治機能を果たしてもいますが…。
アセアンさんが垂直的な世界秩序システムに批判的であるとすると、現行の国連の水平的秩序維持システムとアセアンさんのご構想は、どこが一体異なるのでしょうか?
一応、まだ続く予定です。
取り急ぎ失礼します。
これは メッセージ 800 (asean_peace11 さん)への返信です.
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